旅づくし
菅沼佐和子 文と写真の修業用ブログ
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さわこ

Author:さわこ
SAWAKO
人呼んで「埼玉の女マルコ・ポーロ(笑)」。現在は東京在住です。編集プロダクションで旅行ガイドブックの編集を経験後、バックパッカーとして世界を巡る。これまでに訪れた国は100以上。現在はフリーランスライター&編集者として、再び旅行ガイドブック作成に関わる日々。
旅の素晴らしさ、世界の文化の多様さを、多くの人に伝えたいと願っています。

メール:sawakon29@hotmail.com
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父と2人でバリ島旅行(2)ウブドで宿探し
航空会社をLCCにしたことを後悔しながらたどり着いたバリ島。
父と私はまず、タクシーを使って山地のリゾートであるウブドに向かった。

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ユリアティ・ハウスの部屋入口

それにしても、バリ島屈指の観光地なのに、空港からウブドへの道の細いこと。
通りの両側には緑濃い熱帯の森をバックに民家や店が並び、人々の生活する様子が垣間見られる。中国やマレーシアのようにだだっ広い道路ばかりの国と比べると、車の進みはのろいけれど各段におもしろい。

ただし、運転手がかなり上手な日本語を話すというのは、やっぱり観光地のバリ島ならではだなと思う。

ウブドでは、かつて私が滞在した「プラエティ・ホームステイ」に行こうとした。
朝食のボリュームがたっぷりで、6年前にかなり好印象を受けたからだ。
しかし聞いてみると、以前泊まった2階の部屋は埋まっており、ちょっとせまい1階の部屋しかないという。

ここで、父が意外な一面を見せた。
こうやって現地でホテル探しをするのは初めてだというのに、「もうひとつ見てみようか」と、躊躇していた私を促したのだ。
そして近くの「ユリアティ・ハウス」に決定。ツインの部屋が朝食付きで1泊2名1800円程度だった。

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ユリアティ・ハウスの朝食スペース

「こういう宿も気を遣わなくていいね」と父。
私にとってはごく普通の宿だったけれど、そのよさを父が分かるとは意外だった。

案外バックパッカーの素質があるのかもしれないな。

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こういう環境だと水の音も美しく聞こえる

豊かな南国の自然に囲まれた、伝統的なバリ風建築の一室。辺りには鳥のさえずりが響きわたり、近くの泉が水の音をたてている。宿とその近所の人々はフレンドリーで、みな穏やかなほほ笑みを絶やさない。

宿で飼われている九官鳥が独り言を言ったり、子供の泣き出す様子を真似て「エーンエンエン」とやりだしたりしている。どこからか花のような芳香が漂ってくる。

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朝食スペースの脇には、宿のおじさんが描いたバリ絵画が

光と音、色彩、香りに満ちたウブド。

楽園といわれるバリのイメージそのままの様子に、「やっぱりここはいい所だ」と感動を新たにした。

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敷地内で何度か見かけたネコ。すごく細かった
   
父と2人でバリ島旅行(1)
かつて、世界一周から戻って1年半後に、やっととれた休暇を使って訪れたインドネシア。
ジャワからバリへと2週間かけて旅したが、バリ島はとくに美しく、印象に残った場所だった。

その頃から早6年が過ぎた。
今回のバリ行きは、父と2人旅という初めての試みだ。
あまり人と一緒に旅行をしない私、今回は旅の方法についても、父の性格についても、そしてバリ島についてもさまざまな発見をした貴重な時になった。

利用したのはLCCのエアアジア。
初めてこの会社を使ってみたが、荷物預けは有料で、座席にはモニターもついておらず、毛布も配られず、機内食も付かない。
父の年齢の人を連れて行くなら、もっと快適な飛行機にすればよかった。
それほど安いわけでもなかったので、もうちょっと出せばそういうやつにも乗れただろうに。

初の親子2人での自由旅行は、慣れていないからいつもと勝手が違った。
機内の座席についたとき、いきなり「失敗した」と思った旅の始めだった・・・。
  
近所の太ったニャンコちゃん
家の近くの住宅街に、太ったかわいいネコがいた。
小さな頭と灰色の縞模様の毛、ぽってりしたお腹のころころしたネコ。
いつも同じ場所にいて、道行く人に愛想を振りまいている。
人間にさわられて喜ぶネコは他にいないこともあって、いつもこの地域の人気者だった。

近づいてしゃがむと、そのネコはふわふわした体をすり寄せてくる。
でも皮膚病なのか、両耳の後ろが赤むけていて頭はちょっとなでにくい。
そんなことにはおかまいなしに、頭をこすりつけてきたり、アスファルトの上でひっくり返ったりと、人間がいるとうれしくて仕方がない様子。
とくに寒くて人通りの少ない夜に会うと、振り切って帰るのがかわいそうになるのだった。

ところが、1週間ほど前にバリ島から帰って以来、そのネコを見なくなっていた。
「まさか・・・」何度通ってもいないので、悪い想像が頭をよぎった。
野良ネコの命なんて、ちょっとしたことがあると簡単にこの世から消えてしまうものだろう。
どこを見てもアスファルトだらけの東京の町だけど、野生は野生。何が命とりになるか分からない。

そんな悪い想像がどんどんふくらんでいた今日、いつもの道を通りかかったら、なんとそのネコが道路わきに丸くちょこんと座っていた。

元気だったのだ・・・。思わず安堵の笑みが漏れた。

そんな私の心配は知らぬ様子で、ゴロゴロと転がって喜びを表すネコ。しばらくお腹をなでていたら、どのネコでもあるように突然引っかこうとしてきた。ぱっと手を引っ込めて防ぐ私。

「もう」と言って立ち上がり、すたすたと歩き出したけれど、やっぱり元気だったことが嬉しくて、自然に頬がゆるむのだった。
   
クンバコーナム・寺院のなかの聖なる小部屋で
2月から3月にかけて訪れた、インドのことをここに書こう。
いつまでも心に抱いていると、忘れてしまいそうだから・・・。

南インドの東海岸に面したタミルナードゥ州は、ヒンドゥー色の濃い州だ。
旅行者が訪れるような町のほとんどに、大きなヒンドゥーの寺院が建っている。その入口にはきまってゴープラムというゴテゴテした装飾の門がそびえ立ち、信者や観光客を内部へといざなっている。

このような寺院を、今回も毎日毎日訪れた。
というのは、10年前にも、私はタミルナードゥを旅したことがあったから。

当時を思い起こすと、タミルナードゥの旅はあまり楽しいものではなかった。
寺院のあちこちにいる聖職者らしい人が、外国人と見るとオイデオイオデと手招きしてくる。うっかり近づくと、額に色粉をつけてくれたり手に水をかけてくれたりし、その後普通のインド人と同じ額のお布施を置こうとしようものなら、「100ルピー」などと不当に高い額を要求してくるのだ。

清らかであるべき宗教の施設でありながら、聖職者がこのありさま。また、寺の本堂はヒンドゥー教徒以外に立ち入り禁止の所がほとんどで、疎外されているような気分になってしまう。しかも、寺の内部はどれも似たり寄ったりで、どこがどうだったのかが全く印象に残らない。

強制的に寺めぐりをさせられているようなこの州の観光に、いいイメージが残らなかったのも当然といえよう。

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写真はすべて10年前のもの。これはティルチラパッリのランガナータスワーミ寺院のゴープラム

あれから10年がたち、再び訪れたタミルナードゥで、私は以前のように寺めぐりを始めた。
暗くひんやりとして、コウモリのふんの匂いが時折鼻先をかすめる寺院内を歩いていると、2つか3つ目の町でどうもおかしいなと思い始めた。

「オイデオイデ」屋さんがほとんどいないのだ。

近年、南インドまでやってくる日本人はかなり少なくなっているから、聖職者たちが非効率だと思ってやめたのだろうか? それとも、「外国人にお金をせびるのは禁止」という決まりを、なぜかどの町でも厳守するようになったとか?

とにかく、タミルナードゥの町なかの寺院は、いつの間にか「あまり警戒しなくても歩ける場所」に変わっていたのだ。

それでもまだビクビクが抜けない状態で考えていると、仏教やキリスト教、イスラム教の宗教施設に入ったときの気持ちと、ヒンドゥー寺院にいるときの自分の気持ちが全く違うことに気が付いた。世界三大宗教の施設では、どこか厳かな改まった気分になるのに、ヒンドゥーの寺には奇抜さしか感じられない。

どぎつい色で塗られた異形の神像、極彩色の天井、窓がなく空気がよどんだ内部、じめじめした廊下の蛍光灯の下で飛び回るコウモリ。清く明るく正しい、いわゆる宗教らしい匂いが全く感じられない場所なのだ。しかしこんな所でも、信者のインド人たちは捧げ物をするために列をなし、敬虔な祈りを捧げていく。その心境がはかりかねた。

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マドゥライのミーナークシ寺院で見たカーリー女神の絵

そんな状態で、ありがたみなどまるで感じないまま寺をこなしていったが、ある寺院で深く印象に残る出来事があった。寺院の多い田舎町、クンバコーナムでのことである。

シヴァ神をまつるクムベーシュワラ寺院内にいたとき、数人が廊下から続いている小部屋に入っていくのを見た。私もほかのインド人にうながされ、その部屋に足を踏み入れた。オレンジの腰布をまとった聖職者がやって来て、隣の小部屋の入口にあった布を引いた。その奥にあったのは、円筒状のご神体である巨大なシヴァリンガだ。いつのまにか周囲には多くのインド人が集まっていた。皆息をひそめ、手を合わせて向こうの小部屋のリンガを見つめていた。

私を気遣って、周囲のインド人が「ちゃんとご神体を見るといいよ」と場所をあけてくれる。そういえば思い出したが、この寺院の本尊は、シヴァ自身が造ったリンガだというありがたい話ではなかったか。なんと、これは寺のご本尊だったのだ。ここでは外国人でも寺院の中心まで入っていいのだ。

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リンガとはこういうもの。これはタンジャーヴールのブリハディーシュワラ寺院にあった小さなリンガ

やがて祈り終えた聖職者が出てきて、信者に祝福を与え始めた。皆、静かにそれを受けてお布施を差し出していたが、彼らの敬虔な気持ちと宗教的な興奮が部屋じゅうに満ちているようだった。私も額の粉をもらい、水を口に入れ、お布施を置く。すべてがほかのインド人信者と同じだった。気付くと、私も彼らと同様に本尊に向かって手を合わせ、神聖なリンガを拝めたことへの感謝でいっぱいになっていた。完全に彼らの一員になったかのような、不思議な、そして感動的な気分だった。

なじみの宗教とはかけ離れたヒンドゥーの寺でも、神聖さを感じることはできるのだ。

クンバコーナムの暗い小部屋でのひとときは、今回の旅の宝となった。
   
アクリル絵の具を使って
やっと仕事が少し落ち着いた。
「今日やらなくては」ということがなくなると、何をしていいのか途端に分からなくなる。
忙しくて仕事以外のことをあまり考えなかったので、まるで自分がばかになったように感じ、ちょっと心のリハビリが必要だなと思うのは毎度のこと。

今日も途方にくれかけたけど、幸いアクリル絵の具が気になっていたのを思い出し、矢もたてもたまらなくなってデパートへ。家でインドの風景を描いてみた。

色を選んだりインドのことを考えたりするのが楽しい。ただし、あまりの出来のひどさに、いつかどこかで仕事に使えるほどに上達したい、という夢ははかなく消え去ったけど(笑)

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ヨガのクラスで
今年に入ってから通っているヨガのクラスで、先日いい話を聞いた。

それは8つのヤマ(禁戒)のうちの最初のひとつ、「アヒンサー(非暴力)」について。

アヒンサーはヒンドゥー教や仏教、ジャイナ教といった宗教関連でよく聞く言葉で、マハトマ・ガンジーの運動は、徹底してこのアヒンサーの思想に貫かれていたこともよく知られている。

これは、武器などで他人を傷つけることはもちろん、言葉で暴力を行なうことも、さらには思考のなかで他人を悪く思うこともいけない、という戒めだ。

なぜなら、他を攻撃することによって、私たちは結局は自分を傷つけていることになるからだ。
そういった悪い考えが起きないように自分を導いてくれるのが、ヨガなのだという。


ちょっとイラっとしても、ストレスがたまっても、人のことを悪く思うことは極力やめよう・・。

私もそろそろ頑固になってきたり、イライラしやすい年頃になってきてるかもしれない。
そんなときはこのことを思い出し、もっとたくさんのことが許せるようになれたらなと思う。
  
これで私も一人前の旅人!?
去年の夏行ってきた、中国シルクロードの地図を作成中。南新疆のチャルクリクという小さな町の地図を作っていると、いろいろな事が浮かんできて息苦しくなってくる。

ホテルの外観を撮っていたら、軍人に怪しまれて警察へ連れて行かれたのだ。1日拘束された上パソコンを調べられ、いっぱい書き込んだ町の地図を没収され、翌日行く予定だったミーラン遺跡での写真撮影を、いやがらせのようにその日から禁止された。
ぜひとも写真が必要な重要な見どころだったのに、それなら行っても意味がないとあきらめた。

旅人があまり行かない南新疆、どんな所かと期待していたけど、チャルクリクは町は小さいけれど趣がなく、警察署と博物館だけ異様に立派で、夕方などはパトカーの数がやたらと多く、ちょっと変な町だった。

まあでも、無理やりよいほうに考えてみれば、旅人の武勇伝でよく聞くこういう話が、ついに私にも起きたのだ、ともいえる。
なんとなく、一人前の旅人になったような気もしなくもない(笑)。

私が悪人だという証拠は結局見つからなかったらしく、うんざりした私は夕方勝手に宿に帰ってしまった。昼間はトイレにまで人がついてきたのに、夕方だからか誰も追いかけてこなかった(パソコンは翌朝取りに行った)。

地図は没収されたけど、パトカーから隠れつつ再度町を歩き回って作成。大都市でなくて助かった。まあ、大都市ではこんなこと起きないだろうけど。
   
世界一長い口ひげをもつ人
インドで一体何に出会うかは、想像もつかない。

ラージャスターン州の州都・ジャイプルに着いた翌日、私は情報を得るためにインド政府観光局のオフィスに向かった。

そこで現われたおじさんが、ちょっと変わっていた。
首の周りに赤くて太いひものようなものを、何重にも巻きつけていたのだ。

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「これは何ですか?」と質問してみる。
するとおじさんは
「フッフッフッ、よくぞ聞いてくれた」
という感じで、おもむろに大きな本を2冊取り出して私に見せてくれた。

そこにはマハラジャのようなコスチュームを身にまとい、長~いひげを誇らしげに手に持ったこのおじさんが載っていた。

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このラム・スィン・チャウハン(Ram Singh Chauhan)さんは、世界一長い口ひげをもつ人として、2010年と2012年(うろ覚えだけど)にギネス記録に認定されたのだという。

その長さは4.29m。撮影のためにイタリアに招待されたので、自前の豪華な服を持って赴いたとのことだった。

それにしても、政府観光局なんてお堅い場所で働きながらも、このおじさんなかなかの役者だ。自分のひげを手に持ち、目をむいてファンキーなインド人を演じている。

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ちなみにギネスブックの同じページには、世界一長いあごひげを持つ人や、世界一耳毛が長い人などもいたが、それらは皆インド人だった。
なぜなんだ、なぜそんなに伸ばしたいんだ、インド人・・・!!

本当にインドでは、何が起きるか分からない。
そのうちまた偶然、今度は世界一耳毛が長い人に、インドのどこかで出会ったりするかもしれないな(笑)
    
ジャイプルの色と光
インド西部・ラージャスターン州の州都ジャイプルを訪れるのは3回目。
「ピンク・シティ」と呼ばれるこの町は、砂漠の州らしい強烈な日差しに照らされていた。

デリーから列車でたった5時間ほどなのに、光の質がまるで違う。明るいだけでなく、どこまでも陽気で華やかだ。目に入ってくる色彩も豊かで、インドには本当にたくさんの「異世界」があるなと思う。

人口300万人以上もの大都市だが、どこかのどかな雰囲気も漂っている。
宿の屋上で食事をしていると、朝晩ビルや家々の合間から「ミャーオ、ミャーオ」という声が聞こえてくる。
ネコの鳴き声ではない。これは町なかに暮らす、野生のクジャクの鳴き声なのだ。

けぶるように暮れていく砂漠の夕日を眺めながら、この後ラージャスターンで何度クジャクの鳴き声を聞いたことか。

7度目のインド。その旅の出発地点となるここジャイプルで、私は多くのラージャスターンらしさに出合うことになった。

   *   *   *

ところでなぜこの場所がピンク・シティと呼ばれるのか。それは多くの家が赤茶色に塗られているため。

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牛さんの白さがまぶしい

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この色は、もとは町を囲う10kmの城壁に使われた赤砂岩の色だったようだが、現在見られる建築は塗ってあるものがほとんどのようだ

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カラフルなジャイプル、その1。デリーでも見たことがある色とりどりのポスト

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光を浴びて輝くマンゴー

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ジョーハリ・バザールと呼ばれる商店街。赤茶色の建物が連なり、衣料品店や宝飾品店、薬屋やレストランなどが軒を連ねている。ローカル色もよく残っているところが嬉しい

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カラフルなジャイプル、その2。ジャイプルは宝石で有名な町。とはいっても産地ではなく、加工と流通が盛んなようだ

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町なかのバングル(腕輪)屋さん。キラキラしたバングルがいっぱい

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みやげもの屋もとってもカラフル

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ジャイプル・アンブレラと呼ばれる日傘。色とりどりで眺めているだけで楽しい

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夜、通りに面したヒンドゥー寺院でプージャ(儀式)をやっているのを見かけた
火がついた道具を神像の前でゆらゆらと動かし、スピーカーから大音響で音楽を流す

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たまたま見かけた寺院の内部が、虹のように塗られているのに惹かれて入ってみると・・・

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チョウチョのような、こんなキッチュな神像が。

激しさと穏やかさ、過酷さと安らぎ、不潔さ醜さの中に見出される、こんな予想外のかわいらしさ。
こういうものに出会うと、インドに「参りました」と言いたくなる。

これからしばらくの間は、ジャイプルとその近郊にある見どころやスポットを紹介したいと思う。お楽しみに~
   
カルニ・マタ寺院にはネズミがうじゃうじゃ
※注意:ネズミ嫌いな人は、下の写真を見ないよう気をつけてください(笑)

じめじめした床に、穀類やビスケットなどのえさが撒き散らされ、その上を茶色い小さな生き物が無数にうごめいていた。

かすかに臭気の漂う中、走り回る生き物のしっぽが時折私の裸足にこつんと当たる。そのたびにギョッとして叫んでしまいそうになる。

目の前に広がる光景は、まさに地獄絵図そのものだった。だけど本当のところは、もしかすると天国なのかもしれない。―――少なくとも彼らにとっては・・・

繰り返しこんなことを思いながら、夢中で寺院内をうろつきまわった。


・・・インドは多様性に富んだ、非常に奥の深い国だ。

何度も訪れているにも関わらず飽きることはなく、既知の場所であっても思いがけないことが起き、いつも私を楽しませ、かつ驚かせてくれる。

今回この「ネズミ寺院」の存在を知ったときも、私は興奮の渦に巻き込まれた。そこには無数のネズミがいて、しかも彼らは聖なる動物としてあがめられ、訪れる人が絶えないというのだ。

大いにエキサイトしつつ、ラージャスターン北部の町・ビカネールの南30kmほどにある、デシュノックのカルニ・マタ寺院を訪れた。

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青空の下、白とピンク色の爽やかな寺院がたたずんでいた。人々が手に手におネズミ様への捧げ物を持って、寺院に吸い込まれていく。私も靴を脱ぎ、内部へと進んで行った。

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入口の装飾もネズミ

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内部も一見普通の寺院。しかし・・

足元を走るネズミを発見。後を追って振り向くと、寺院の一角にこんな場所があった。

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柵で仕切られた場所にたくさんのネズミがいる。ネズミ用ではなく人間を入れないための柵なので、ネズミたちは自由に出入りしている

もしかしたら乾いた毛をもつ小さなかわいいネズミなのではないかと期待(?)していたが、それは裏切られた。彼らは人々が忌み嫌うドブネズミそのものだったのだ。

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地面にミルクで満たされた洗面器が置かれ、皆仲良く並んで味わっている。

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目を細めて飲む様子はなかなかかわいい

インド人はひっきりなしにやって来て、ミルクをつぎ足し、砂糖や黄色い団子、ヤシの実などを捧げていく。こんなに尊敬されているネズミも、世界でほかにないだろう。

なお、ここで白いネズミを見るとラッキーなのだという。何人ものインド人が「あそこに白いやつがいる」と教えてくれた。確かに遠くに、小さく白いのが動き回るのが見えた。

観察していると、活発に走り回っているネズミがいる一方、だらしなく眠りこけているのも多い。その様子はユーモラスで、なかなかかわいい。ネズミたちが安心しきって暮らしているのが伺えた。
ここはネズミの楽園なのだ。このことを知ったら、世界中のドブネズミが彼らをうらやむに違いない。

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まさに酒池肉林。山盛りのえさの中に住んでいる

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ミルクに尻尾をひたして寝ている。なんというグータラな・・・

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どうしてこんなに器用な寝方ができるのか

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これはちょっとかわいくて、私のお気に入り

しかし一方、ドブネズミらしさ丸出しというか、ネズミ嫌いだったら耐えられないかもしれない気持ちの悪い光景も見られる。

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こんな風に群れていると、さすがの私も「うわ~」と思う

なかには障害があるらしくヨボヨボしているもの、すでに死んでるんじゃないかと思うような動かないのもいる。そして不潔さのせいか、目がつぶれているネズミが非常に多い。

それにしても彼らは、どうしてインド人に尊敬されあがめられているのか。
それはこのネズミたちが、14世紀に生き、多くの奇跡を起こしたカルニ・マタという女性の一族の生まれ変わりだと信じられているためだ。

カルニ・マタはドゥルガー女神の化身とされ、死んだ自分の息子すら生き返らせたという。以降、彼女の一族は死なずにネズミに生まれ変わることになったのだという。

み~んな女神の一族の、聖なるおネズミ様なのだ。

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寺院内では人々がネズミの上に手をかざしていた。どういう意味があるのかはわからなかった


普通の見学なら30分で十分だと思われるこの寺院。
私は大興奮して2時間ほどいた結果、最後には臭いで気持ち悪くなってしまった。
だけどこんな奇妙な場所に来られたことが嬉しくてたまらず、充実感でいっぱいだった。

インドはにまだまだ何かがある。
それを私のようにお宝だと思うかどうかは、意見が分かれるところかもしれないけど・・・。

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カルニ・マタ寺院
ビカネール駅の約2km南にあるシヴヴェリーという場所から、デシュノック行きバスが出ている。所要約50分、20ルピー。デシュノックで下車すると寺院は目の前。
     




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