旅づくし
菅沼佐和子 文と写真の修業用ブログ
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さわこ

Author:さわこ
SAWAKO
人呼んで「埼玉の女マルコ・ポーロ(笑)」。現在は東京在住です。編集プロダクションで旅行ガイドブックの編集を経験後、バックパッカーとして世界を巡る。これまでに訪れた国は100以上。現在はフリーランスライター&編集者として、再び旅行ガイドブック作成に関わる日々。
旅の素晴らしさ、世界の文化の多様さを、多くの人に伝えたいと願っています。

ウェブサイト:https://sawakon29.wixsite.com/writer
メール:sawakon29@hotmail.com

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南インドイベント「インド好きなら南を目指せ!」
先日関わらせていただいた『地球の歩き方 南インド』が、3月7日に発売されました。
それに関するイベントが、来たる4月26日(土)に行われます。
かなり豪華な内容で、私も今から楽しみです!

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地球の歩き方・南インド 発刊記念イベント
インド好きなら南を目指せ!
トークゲスト/蔵前仁一 南インドミールス食べ放題付き!


「地球の歩き方」シリーズに新しいガイドブック「南インド編」が仲間入りしたのを記念して、トーク&フードイベントを開催します。
トークは第1部が「歩き方」取材スタッフによる南インドのハイライトを紹介する「入門編」。第2部は、ゲストスピーカーに蔵前仁一氏を招き、よりディープな南インドに迫る「上級編」。
バナナの葉に盛るインド式ミールスが食べ放題で、1ドリンク付き。調理担当は今話題の南インド料理ユニットのマサラワーラーです。

●トークゲスト 蔵前仁一(旅行作家)
1980年代初頭からアジア、アフリカを中心に世界各地を旅する。特にインドには数多く訪れ、86年に『ゴーゴー・インド』を出版。また出版社「旅行人」を立ち上げ、多くの旅行書を発刊。主な著書に『わけいっても、わけいっても、インド』(旅行人刊)など。

●料理 マサラワーラー
東京のインド関連イベント好きの間では、知らぬものがないというインド料理ユニット。

■日時:2014年4月26日(土)
    OPEN 18:00 ミールスサーブスタート18:30、トークイベント19:30〜21:00
■会場:国分寺カフェスロー
    国分寺駅南口から徒歩5分
    〒185-0022
    東京都国分寺市東元町2-20-10 
    TEL : 042-401-8505 
■入場料:3500円(ミールス食べ放題1ドリンク付き)
     スペシャルチケット5000円(上記入場料に「地球の歩き方/南インド」と南インドグッズが付いたもの。申し込みの際にぜひ「スペシャル」とご明記ください)
■定員:85名 予約制
   ※全員分のお名前と参加人数、代表者の連絡先を銘記の上メールでお申し込みください
   ※定員に達し次第締め切ります。申し込みがない場合、当日ご入場できない場合がございますので、ご了承ください。
■申込先:まちかど倶楽部 machikadoclub@yahoo.co.jp

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【おまけ】

私が訪れてみてよかった南インドの町などについて、以下にご紹介しますね。
参考になればうれしいです。
だいたいおすすめ順ですが、遺跡好きなのでちょっと偏っているかも。

ハンピ(カルナータカ州)
ヴィジャヤナガル朝の首都であった巨大な都市遺跡。岩ゴロゴロの荒野に寺院や宮殿などの石造りの遺跡が点在しています。乾いた大地にひと筋の川が流れ、のどかな空気に包まれた心やすらぐ田舎です。

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バックウォーター(ケーララ州)
ケーララ州の都市コーチンから南の内陸に、海に沿うような形で広がる水郷地帯をバックウォーターといいます。昔ながらの運搬用の船をホテルにした贅沢なハウスボートや、観光客用のボート、ローカル向けの定期船などに乗って、ヤシの木々がふちどるのどかなバックウォーターをクルーズできます。

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アーユルヴェーダ(ケーララ州)
インドの伝統医療。インド全土に病院がありますが、ケーララ州で盛んです。マッサージなどのトリートメントと薬草を用いて病気を治療しますが、病気でない人でもより健康になれる医療です。時間がかかりますが、ときには現代医療では治せない病気が治せることもあります。

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ティルヴァンナマライ(タミルナードゥ州)
シヴァ神の聖地で、アルナーチャラ山のふもとに建つ寺院を中心に町が広がっています。山から見下ろす巨大な寺院は圧巻。またアシュラム(道場)が多く、山の周囲は巡礼道になっており多くの修行者が巡礼するなど、神聖な雰囲気が感じられる場所です。

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ジンジー(タミルナードゥ州)
ティルヴァンナマライからバスで1時間ほどの場所にある遺跡。巨大岩を3つつないで造られた堅固な城塞で、岩がゴロゴロした感じはちょっとだけハンピを思わせます。立体的な構造がいい感じです。

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バーダーミ(カルナータカ州)
かつて初期チャールキヤ朝の都として栄えた町。巨大な岩山にはさまれた人造池があり、周辺に石窟寺院などの見どころが集まっています。かなりの田舎で大きなホテルなどはないですが、その分とてものどかないい所です。近郊に世界遺産のパッタダカル遺跡もあります。

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マハーバリプラム(タミルナードゥ州)
州都チェンナイから近く、海岸寺院やファイブ・ラタなど、世界遺産の遺跡群が見られることで人気の場所。のどかな空気が漂う海辺の町というのもポイント高いです。世界最大のレリーフ「アルジュナの苦行」の背後の丘散策も楽しいです。

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ラーメーシュワラム(タミルナードゥ州)
ここはむかーし個人旅行で行きました。白い塔門をもつ寺院が建つ聖地で、人々は海で沐浴します。スリランカへ点々と続く砂州はアダムス・ブリッジと呼ばれ、それを望む最先端まで行く途中には1964年のサイクロンで破壊された村があり、ちょっとせつない気持ちになります。

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ヴェーランガンニ(タミルナードゥ州)
かつて聖母マリアが目撃された場所を中心に、白亜の教会がいくつも建っているキリスト教の聖地です。ヒンドゥー色の強いタミルナードゥ州に、こんな場所があるとは驚きでした。

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ポンディチェリー(タミルナードゥ州)
かつてフランス領だった場所で、フランス料理を出すレストランやおしゃれなカフェ、かわいいグッズを売るショップが多くて、女性におすすめです。コロニアルな雰囲気の街並みで、昔の建物を利用したヘリテージホテルもあります。また、近郊には世界中の人々が集まって暮らす共同体、オーロヴィルがあります。

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カニャークマリ(タミルナードゥ州)
インド最南端の聖地で、海から昇り海に沈む太陽を眺められるのんびりした雰囲気の場所。近郊にあるケーララスタイルの木造宮殿、パドマナーバプラム宮殿は必見です。

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ビジャープル(カルナータカ州)
カルナータカ州北部の町で、15~17世紀にイスラム王朝のビジャープル王国が首都としました。楕円形の城壁に囲まれた町は現在までそのままで、いたるところで歴史的建造物が見られます。とくに巨大なドームをもつゴールグンバスはすごいです。

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コーチン(ケーララ州)
重要な港として栄えてきた都市コーチンは、ポルトガル、オランダ、イギリスの支配を受け、それぞれが残したコロニアル建築が見られます。チャイニーズ・フィッシング・ネットという昔ながらの漁法も見もの。ケーララの伝統芸能カターカリを鑑賞し、魚やエビのカレーを味わいつつのんびり過ごしたい場所です。

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チェッティナード地方(タミルナードゥ州)
カライクディを中心に多くの村が点在する地域。かつて銀行業で富を手にした人たちが建てた、豪華な邸宅が多く見られます。スパイスの使い方が独特といわれるチェッティナード料理でも有名で、インド料理がそれほど得意でなかった訪問当時の私でも、すごくおいしくて感動しました。

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インドのアライバルビザについて
まだバリ島の記事を書き終わっていなかったけど・・・。
日焼けした腕がようやく少し白くなってきたところなのに・・・。

先ほどインドのデリーに着いてしまった。
深夜3時ごろホテルにチェックインし、また6時半に出発。だから寝てしまわないようこらえている。

インドに来るのは確か8回目。これまで全部ビザを日本で取ったが、今回初めてアライバルビザを取得した。
だからメモ程度に記しておこうと思う。

デリーのインディラー・ガーンディー国際空港でのアライバルビザ取得

場所
エスカレーターで下ったところに入国審査カウンターがあるが、エスカレータを下りきったところで後ろに向かうとカウンターがある。「Visa on Arrival」と書かれている。

必要なもの
●パスポート
●申請用紙1枚
●パスポートサイズの写真1枚
●60USドルの現金

写真は申請用紙にホッチキスでとめてくれる。
申請用紙の書き方は日本語の見本を見せてくれる。
パスポートのコピーやアウトチケットは要求されなかった(出国予定日を記入する欄は申請用紙にある)。

さらに入国カード(アライバルカード)も渡すように言われた。ビザ欄のみ書き込んでいない状態のものを渡す。

アライバルビザを申請できるのは、以下の11カ国の国民のみ。

カンボジア
日本
ルクセンブルク
フィリピン
ベトナム
ミャンマー
フィンランド
ラオス
オランダ
シンガポール
インドネシア

西洋諸国はほとんど不可なのに、なぜか日本が入っている。アライバルビザを取ろうとしていたのは日本人ばかりだった。ほかに外国に暮らすインド系の人もいた。

日本でとれば2000円程度なのに、アライバルはその約3倍の値段がかかる。時間がない人、ビザセンターから住んでいる所が遠い人にはいいだろう。

おそらくカウンターは24時間営業。私は深夜1時半~2時ごろに行ったが普通にやっていた。
ただしここはやはりインド。独特ののんびりした感じの手続きなので、乗り継ぎをする場合は時間に余裕を見ておいたほうがいい。

なお、顔写真ありません、ドルも持っていません(日本円ならあり)、という旅行者もいた。でも係員に申請書を書くよう言われていたので、きっとビザを発行してくれるのだろう。なかなか寛大だ。

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アライバルビザはスタンプ式♪
父と2人でバリ島旅行(3)昆虫を思わせるレゴン・ダンス
バリ島到着日の夜、宮廷舞踊のレゴン・ダンスを見に行った。

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背後に重厚な石の割れ門を控え、花を散らしたステージの周囲には、すでにたくさんの見物人が集まっていた。ステージをぐるりと回って奥へ奥へと進んだら、正面ではないが、かなりいいポイントから鑑賞できてラッキーだった。

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やがてガムラン音楽の演奏がスタート。メルヘンチックでやわらかでありながら、まるで異空間から響いてくるかのような、不思議な音階をもつあの音楽だ。
昔何かのロールプレイング・ゲームで、ボスが登場する際にこんなガムラン風音楽が使われていたのを思い出す。

そしてようやく、踊り手たちがステージに現われた。

さすがは宮廷舞踊、踊り手の衣装は金色を基調としたきらびやかなものが多い。
レゴン・ダンスを見るのは2度目だったけれど、その美しさと迫力に、前回以上に目が釘付けになってしまった。

踊り手たちは指先を反り返らせてふるわせたり、首をカクカクと動かしたり、足をどすんと踏み鳴らしたり。目の動きも重要な要素のようだ。
こういう特徴は、東南アジアや南アジアの多くの踊りに見られるけれど、それが高度に完成されているのがバリ舞踊なのだろう。

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とても奇妙な動きだった。この踊りで、なぜわざわざ人間らしくない動きを追求したのか、気になってしょうがなかった。
踊りだからいいものの、普通の人の指がこんなに震えて肩をいからせて歩いていたら、皆怖がって近寄らないだろう。

「何かに似ている、何か・・・」
ずうっとこう考えていたが、最後のほうになってひらめいた。

もしかして、昆虫に似ているのではないか。

昆虫が羽を震わせたり、首をかしげたりする様子を、どことなく髣髴とさせると感じているのは私だけだろうか・・・。

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1時間30分のショーは、あっという間だった。

宿のベッドに横たわって目をつぶると、闇に浮かび上がる金色の踊り手の姿がまぶたによみがえった。


【ウブド王宮のレゴン・ダンス・プログラム】

1. Tabuh Ombak In Segara/Tabuh Jaya Smara(音楽のみ)
こちらで聴くことができる。
Segaraは海中の波を表す。ときに穏やかで、ときに荒々しくなる様子からインスピレーションを得て作られた曲。

2. Tedung Agung Dance (Welcome Dance)
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Tedungは「傘」、Agungは「偉大」の意味。傘はバリの文化を守り祝福する意味があるとのこと。男女が同時に踊るダンス。

3. Baris in Group
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行進する戦士が2人で舞う。戦いが始まる前の準備を表す。

4. The Legong Supraba Duta of Maharabata Epic
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伝統的なレゴン・ダンスで、5人の女性が踊る。物語は叙事詩のマハーバーラタから取られたもの。

5. Tabuh Angklung(音楽のみ)
こちらで聴くことができる。

6. Taruna Jaya Dance
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バリ人の若者によるエネルギーあふれる踊りを表している。このときの踊り手は女性。とても上手だった。

7. Topeng Arsa Wijaya Dance
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Topengはバリ語で「マスク」の意味。Topeng Alusは寛容で穏やかな性格を、Topeng Kerasはきつく容赦ない性格を表す。

8. Cendrawasih Dance
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「楽園の鳥」といわれる、イリアンジャヤの美しい鳥を表す踊り。
   
父と2人でバリ島旅行(2)ウブドで宿探し
航空会社をLCCにしたことを後悔しながらたどり着いたバリ島。
父と私はまず、タクシーを使って山地のリゾートであるウブドに向かった。

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ユリアティ・ハウスの部屋入口

それにしても、バリ島屈指の観光地なのに、空港からウブドへの道の細いこと。
通りの両側には緑濃い熱帯の森をバックに民家や店が並び、人々の生活する様子が垣間見られる。中国やマレーシアのようにだだっ広い道路ばかりの国と比べると、車の進みはのろいけれど各段におもしろい。

ただし、運転手がかなり上手な日本語を話すというのは、やっぱり観光地のバリ島ならではだなと思う。

ウブドでは、かつて私が滞在した「プラエティ・ホームステイ」に行こうとした。
朝食のボリュームがたっぷりで、6年前にかなり好印象を受けたからだ。
しかし聞いてみると、以前泊まった2階の部屋は埋まっており、ちょっとせまい1階の部屋しかないという。

ここで、父が意外な一面を見せた。
こうやって現地でホテル探しをするのは初めてだというのに、「もうひとつ見てみようか」と、躊躇していた私を促したのだ。
そして近くの「ユリアティ・ハウス」に決定。ツインの部屋が朝食付きで1泊2名1800円程度だった。

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ユリアティ・ハウスの朝食スペース

「こういう宿も気を遣わなくていいね」と父。
私にとってはごく普通の宿だったけれど、そのよさを父が分かるとは意外だった。

案外バックパッカーの素質があるのかもしれないな。

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こういう環境だと水の音も美しく聞こえる

豊かな南国の自然に囲まれた、伝統的なバリ風建築の一室。辺りには鳥のさえずりが響きわたり、近くの泉が水の音をたてている。宿とその近所の人々はフレンドリーで、みな穏やかなほほ笑みを絶やさない。

宿で飼われている九官鳥が独り言を言ったり、子供の泣き出す様子を真似て「エーンエンエン」とやりだしたりしている。どこからか花のような芳香が漂ってくる。

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朝食スペースの脇には、宿のおじさんが描いたバリ絵画が

光と音、色彩、香りに満ちたウブド。

楽園といわれるバリのイメージそのままの様子に、「やっぱりここはいい所だ」と感動を新たにした。

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敷地内で何度か見かけたネコ。すごく細かった
   
父と2人でバリ島旅行(1)
かつて、世界一周から戻って1年半後に、やっととれた休暇を使って訪れたインドネシア。
ジャワからバリへと2週間かけて旅したが、バリ島はとくに美しく、印象に残った場所だった。

その頃から早6年が過ぎた。
今回のバリ行きは、父と2人旅という初めての試みだ。
あまり人と一緒に旅行をしない私、今回は旅の方法についても、父の性格についても、そしてバリ島についてもさまざまな発見をした貴重な時になった。

利用したのはLCCのエアアジア。
初めてこの会社を使ってみたが、荷物預けは有料で、座席にはモニターもついておらず、毛布も配られず、機内食も付かない。
父の年齢の人を連れて行くなら、もっと快適な飛行機にすればよかった。
それほど安いわけでもなかったので、もうちょっと出せばそういうやつにも乗れただろうに。

初の親子2人での自由旅行は、慣れていないからいつもと勝手が違った。
機内の座席についたとき、いきなり「失敗した」と思った旅の始めだった・・・。
  
近所の太ったニャンコちゃん
家の近くの住宅街に、太ったかわいいネコがいた。
小さな頭と灰色の縞模様の毛、ぽってりしたお腹のころころしたネコ。
いつも同じ場所にいて、道行く人に愛想を振りまいている。
人間にさわられて喜ぶネコは他にいないこともあって、いつもこの地域の人気者だった。

近づいてしゃがむと、そのネコはふわふわした体をすり寄せてくる。
でも皮膚病なのか、両耳の後ろが赤むけていて頭はちょっとなでにくい。
そんなことにはおかまいなしに、頭をこすりつけてきたり、アスファルトの上でひっくり返ったりと、人間がいるとうれしくて仕方がない様子。
とくに寒くて人通りの少ない夜に会うと、振り切って帰るのがかわいそうになるのだった。

ところが、1週間ほど前にバリ島から帰って以来、そのネコを見なくなっていた。
「まさか・・・」何度通ってもいないので、悪い想像が頭をよぎった。
野良ネコの命なんて、ちょっとしたことがあると簡単にこの世から消えてしまうものだろう。
どこを見てもアスファルトだらけの東京の町だけど、野生は野生。何が命とりになるか分からない。

そんな悪い想像がどんどんふくらんでいた今日、いつもの道を通りかかったら、なんとそのネコが道路わきに丸くちょこんと座っていた。

元気だったのだ・・・。思わず安堵の笑みが漏れた。

そんな私の心配は知らぬ様子で、ゴロゴロと転がって喜びを表すネコ。しばらくお腹をなでていたら、どのネコでもあるように突然引っかこうとしてきた。ぱっと手を引っ込めて防ぐ私。

「もう」と言って立ち上がり、すたすたと歩き出したけれど、やっぱり元気だったことが嬉しくて、自然に頬がゆるむのだった。
   
クンバコーナム・寺院のなかの聖なる小部屋で
2月から3月にかけて訪れた、インドのことをここに書こう。
いつまでも心に抱いていると、忘れてしまいそうだから・・・。

南インドの東海岸に面したタミルナードゥ州は、ヒンドゥー色の濃い州だ。
旅行者が訪れるような町のほとんどに、大きなヒンドゥーの寺院が建っている。その入口にはきまってゴープラムというゴテゴテした装飾の門がそびえ立ち、信者や観光客を内部へといざなっている。

このような寺院を、今回も毎日毎日訪れた。
というのは、10年前にも、私はタミルナードゥを旅したことがあったから。

当時を思い起こすと、タミルナードゥの旅はあまり楽しいものではなかった。
寺院のあちこちにいる聖職者らしい人が、外国人と見るとオイデオイオデと手招きしてくる。うっかり近づくと、額に色粉をつけてくれたり手に水をかけてくれたりし、その後普通のインド人と同じ額のお布施を置こうとしようものなら、「100ルピー」などと不当に高い額を要求してくるのだ。

清らかであるべき宗教の施設でありながら、聖職者がこのありさま。また、寺の本堂はヒンドゥー教徒以外に立ち入り禁止の所がほとんどで、疎外されているような気分になってしまう。しかも、寺の内部はどれも似たり寄ったりで、どこがどうだったのかが全く印象に残らない。

強制的に寺めぐりをさせられているようなこの州の観光に、いいイメージが残らなかったのも当然といえよう。

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写真はすべて10年前のもの。これはティルチラパッリのランガナータスワーミ寺院のゴープラム

あれから10年がたち、再び訪れたタミルナードゥで、私は以前のように寺めぐりを始めた。
暗くひんやりとして、コウモリのふんの匂いが時折鼻先をかすめる寺院内を歩いていると、2つか3つ目の町でどうもおかしいなと思い始めた。

「オイデオイデ」屋さんがほとんどいないのだ。

近年、南インドまでやってくる日本人はかなり少なくなっているから、聖職者たちが非効率だと思ってやめたのだろうか? それとも、「外国人にお金をせびるのは禁止」という決まりを、なぜかどの町でも厳守するようになったとか?

とにかく、タミルナードゥの町なかの寺院は、いつの間にか「あまり警戒しなくても歩ける場所」に変わっていたのだ。

それでもまだビクビクが抜けない状態で考えていると、仏教やキリスト教、イスラム教の宗教施設に入ったときの気持ちと、ヒンドゥー寺院にいるときの自分の気持ちが全く違うことに気が付いた。世界三大宗教の施設では、どこか厳かな改まった気分になるのに、ヒンドゥーの寺には奇抜さしか感じられない。

どぎつい色で塗られた異形の神像、極彩色の天井、窓がなく空気がよどんだ内部、じめじめした廊下の蛍光灯の下で飛び回るコウモリ。清く明るく正しい、いわゆる宗教らしい匂いが全く感じられない場所なのだ。しかしこんな所でも、信者のインド人たちは捧げ物をするために列をなし、敬虔な祈りを捧げていく。その心境がはかりかねた。

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マドゥライのミーナークシ寺院で見たカーリー女神の絵

そんな状態で、ありがたみなどまるで感じないまま寺をこなしていったが、ある寺院で深く印象に残る出来事があった。寺院の多い田舎町、クンバコーナムでのことである。

シヴァ神をまつるクムベーシュワラ寺院内にいたとき、数人が廊下から続いている小部屋に入っていくのを見た。私もほかのインド人にうながされ、その部屋に足を踏み入れた。オレンジの腰布をまとった聖職者がやって来て、隣の小部屋の入口にあった布を引いた。その奥にあったのは、円筒状のご神体である巨大なシヴァリンガだ。いつのまにか周囲には多くのインド人が集まっていた。皆息をひそめ、手を合わせて向こうの小部屋のリンガを見つめていた。

私を気遣って、周囲のインド人が「ちゃんとご神体を見るといいよ」と場所をあけてくれる。そういえば思い出したが、この寺院の本尊は、シヴァ自身が造ったリンガだというありがたい話ではなかったか。なんと、これは寺のご本尊だったのだ。ここでは外国人でも寺院の中心まで入っていいのだ。

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リンガとはこういうもの。これはタンジャーヴールのブリハディーシュワラ寺院にあった小さなリンガ

やがて祈り終えた聖職者が出てきて、信者に祝福を与え始めた。皆、静かにそれを受けてお布施を差し出していたが、彼らの敬虔な気持ちと宗教的な興奮が部屋じゅうに満ちているようだった。私も額の粉をもらい、水を口に入れ、お布施を置く。すべてがほかのインド人信者と同じだった。気付くと、私も彼らと同様に本尊に向かって手を合わせ、神聖なリンガを拝めたことへの感謝でいっぱいになっていた。完全に彼らの一員になったかのような、不思議な、そして感動的な気分だった。

なじみの宗教とはかけ離れたヒンドゥーの寺でも、神聖さを感じることはできるのだ。

クンバコーナムの暗い小部屋でのひとときは、今回の旅の宝となった。
   
アクリル絵の具を使って
やっと仕事が少し落ち着いた。
「今日やらなくては」ということがなくなると、何をしていいのか途端に分からなくなる。
忙しくて仕事以外のことをあまり考えなかったので、まるで自分がばかになったように感じ、ちょっと心のリハビリが必要だなと思うのは毎度のこと。

今日も途方にくれかけたけど、幸いアクリル絵の具が気になっていたのを思い出し、矢もたてもたまらなくなってデパートへ。家でインドの風景を描いてみた。

色を選んだりインドのことを考えたりするのが楽しい。ただし、あまりの出来のひどさに、いつかどこかで仕事に使えるほどに上達したい、という夢ははかなく消え去ったけど(笑)

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ヨガのクラスで
今年に入ってから通っているヨガのクラスで、先日いい話を聞いた。

それは8つのヤマ(禁戒)のうちの最初のひとつ、「アヒンサー(非暴力)」について。

アヒンサーはヒンドゥー教や仏教、ジャイナ教といった宗教関連でよく聞く言葉で、マハトマ・ガンジーの運動は、徹底してこのアヒンサーの思想に貫かれていたこともよく知られている。

これは、武器などで他人を傷つけることはもちろん、言葉で暴力を行なうことも、さらには思考のなかで他人を悪く思うこともいけない、という戒めだ。

なぜなら、他を攻撃することによって、私たちは結局は自分を傷つけていることになるからだ。
そういった悪い考えが起きないように自分を導いてくれるのが、ヨガなのだという。


ちょっとイラっとしても、ストレスがたまっても、人のことを悪く思うことは極力やめよう・・。

私もそろそろ頑固になってきたり、イライラしやすい年頃になってきてるかもしれない。
そんなときはこのことを思い出し、もっとたくさんのことが許せるようになれたらなと思う。
  
これで私も一人前の旅人!?
去年の夏行ってきた、中国シルクロードの地図を作成中。南新疆のチャルクリクという小さな町の地図を作っていると、いろいろな事が浮かんできて息苦しくなってくる。

ホテルの外観を撮っていたら、軍人に怪しまれて警察へ連れて行かれたのだ。1日拘束された上パソコンを調べられ、いっぱい書き込んだ町の地図を没収され、翌日行く予定だったミーラン遺跡での写真撮影を、いやがらせのようにその日から禁止された。
ぜひとも写真が必要な重要な見どころだったのに、それなら行っても意味がないとあきらめた。

旅人があまり行かない南新疆、どんな所かと期待していたけど、チャルクリクは町は小さいけれど趣がなく、警察署と博物館だけ異様に立派で、夕方などはパトカーの数がやたらと多く、ちょっと変な町だった。

まあでも、無理やりよいほうに考えてみれば、旅人の武勇伝でよく聞くこういう話が、ついに私にも起きたのだ、ともいえる。
なんとなく、一人前の旅人になったような気もしなくもない(笑)。

私が悪人だという証拠は結局見つからなかったらしく、うんざりした私は夕方勝手に宿に帰ってしまった。昼間はトイレにまで人がついてきたのに、夕方だからか誰も追いかけてこなかった(パソコンは翌朝取りに行った)。

地図は没収されたけど、パトカーから隠れつつ再度町を歩き回って作成。大都市でなくて助かった。まあ、大都市ではこんなこと起きないだろうけど。
   




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