旅づくし
菅沼佐和子 文と写真の修業用ブログ
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さわこ

Author:さわこ
SAWAKO
人呼んで「埼玉の女マルコ・ポーロ(笑)」。現在は東京在住です。編集プロダクションで旅行ガイドブックの編集を経験後、バックパッカーとして世界を巡る。これまでに訪れた国は100以上。現在はフリーランスライター&編集者として、再び旅行ガイドブック作成に関わる日々。
旅の素晴らしさ、世界の文化の多様さを、多くの人に伝えたいと願っています。

ウェブサイト:https://sawakon29.wixsite.com/writer
メール:sawakon29@hotmail.com

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インド占星術で読み解く2015年
「インド占星術で読み解く2015年」という講座を聴きに行ってきた。

インド占星術(ジョーティシャ)とは、アレクサンドロス大王の遠征により、ギリシャからもたらされた西洋占星術がインドの占星術に取り入れられ、独自の発展を遂げたもの。
惑星が天球のどの星座の位置にあるかで、世の中の動きから人の人生までを読み解くことができる。

インドらしく、インド占星術の究極的な目標はモクシャ(解脱)だという。また、西洋占星術と異なる点は、月(心の内面を表す)の動きを重視すること、輪廻を前提としていること、また、天体と惑星の位置を測る度数が西洋占星術とは23度ずれていることだそう。

さて、そんなインド占星術で占うと、今年はどんな年なのだろう。
一言で言えば、2015年は全体として変化の年だそう。
変化に対しての受け取り方は人それぞれ。笑って受け止められるかどうかが重要だという。この傾向は2017年1月まで続くのだそうだ。

忍耐力を養う教師のごとき土星の影響で、3月の半ばと7月中旬~8月中旬は物事がなかなか進まない

一方、最も重要な吉星、木星が相性のいいかに座にあるため、2014年6月から2015年7月中旬までは、何かを学ぶのにとてもいい時期だという。
とくに今年の4月8日からは追い風が強くなるので、気になることがあったら始めてみると身につくかもしれない。
木星は年に1回星座を移るので、次に同じ状況が訪れるのは12年後だという。

月に関していえば、新月はエネルギーが弱く繊細で、瞑想に向いた日

一方、満月はエネルギーが強く、繊細さがなくなり、感情が高ぶり一人よがりになったりする
なのでムカっときたら、「もしかすると満月のせい?」と思ってひとまず怒りを保留するのがいいのかもしれない。

明日1月5日は満月。
目標を定めるのにいい日で、それもできるだけ高い目標を、あまり具体的でなく設定するのがいいとのこと。新年の抱負について考えるのにうってつけの日といえる。

1月20日(新月)は、自分が欲張りになりすぎていないかを精査する日。ブログやFBなどでものを書くのもいい時期。

・・・こんな感じで、2時間の講義中、この1年について細かくたくさんのことを聴いた。

星の組み合わせとその読み方はかなり複雑なようで、「この日にはあなたにいいことがありますよ」「ラッキーカラーは・・・」などという占星術とは全然違う。

今年、社会と個人にどんな変化が訪れるのか、ちょっと楽しみだ。

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サルにメガネをとられた
旅をしていると、ときにマンガのように滑稽なことが起きたりする。
この夏の旅行では、インド北部のシムラーでの出来事が、まさにそんな感じだった。

シムラーは、標高約2200mにある山間の都市。
かつてはイギリス領インドの夏の首都だった場所で、山の中腹の斜面に多くの建物が並び、それをつなぐ道がうねるように山中を走っている。現在もヒマーチャル・プラデーシュ州の州都だ。

そんなシムラーの街を訪れると、山の上から町を見下ろしている巨大なハヌマーン(猿神)像に気づくことだろう。
世界最大のハヌマーンといわれるこの赤い像は、ジャクーという有名な寺院内に建てられたものだ。

ある日、このジャクー寺院を訪れてみた。
サルの神様を祀っているからかどうかはわからないが、辺りにはサルがうようよしている。
見学後、「有名だという割にはそんなに大した寺じゃないなあ」と思いつつ歩いていたら、近くの階段から私の顔に向かってとびかかってきたサルがいた。
とっさに腕で身を守ったが、引っかかれたりはしなかったようでどこも痛くない。

しかし、何かおかしい。妙に視界がぼやけている。
なんと、私のメガネがいつの間にかなくなっている。
サルは私のメガネを狙ってきたのだった。ほとんど気づかないうちに、するりと上手にとられていた。

幸い近くにいた掃除のおじさんが、私を助けるために来てくれた。
おじさんに促されて持っていたあめ玉2個をサルに渡すと、すぐに袋をやぶってかじりついたけれど、片手で持てるものを渡してもメガネは手放してくれない。
そこでおじさんは30ルピーを私に要求し、それでお菓子を買いに立ち去った。

今回私はスペアのメガネを持ってきていない。このままメガネがなくなったら歩くのもおぼつかない。
メガネを持っているらしきサルをやっとのことで見分けつつも、このまま逃げてしまったらどうしよう、とヒヤヒヤする。

戻ってきたおじさんが、サルをお菓子で釣ろうと奮闘すること数分・・・。
でもそれは、10分ぐらいのように長く長く感じられた。
ついに、お菓子に夢中になったサルがメガネを手放した。

おじさんいわく、時にはサルが人間の真似をして、メガネをかけることがあるという。そっちも見てみたかったけど、メガネをとられておろおろしている私も、かなりの見ものだったのかもしれないな、と思う。

サルにメガネをとられたの、人生で2回目だ(1回目はラオスで飼いザルにとられた)。
私のメガネをとった際の熟練の技を思い返すにつけ、「何たるうまさ」と感心を禁じ得ない。

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ジャクー寺院には本当にサルが多い。しかもかなり凶暴だ
   
ボン教の総本山・メンリ僧院
かなり久しぶりのブログ更新。

仕事で訪れた場所についてはなかなかここに書きにくいのだけど、そうやって言い訳をしているうちに、個人で行った場所についても全然書かなくなってしまった。
時間がなかなかとれなかったということもある。仕事と趣味が同じなので、どうしても仕事が優先になってしまってもいた。
だけど、自分の胸ひとつにとどめておかず、書きたいこと、お見せしたい写真は山ほどある。
そこで「できるだけ更新しよう!」と、何度目かの決心をしたわけだ。

今回はインド北部にあるボン教の総本山、メンリ僧院について。

ボン教というのは、チベットに古くから伝わる宗教だ。
このメンリ僧院もかつてはチベットのシガツェの近くにあったが、文化大革命によって破壊され、その後インド北部のドランジに建てられた。
本来の場所には今も建物が残り、再建が進んでいるが、僧院の長(リンポチェ)がインドに亡命したため、今もこのメンリ僧院が総本山となっている(ということらしい)。

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ソーランという、マッシュルーム栽培で有名な町から約15km。
緑濃い山々が見渡せる気持ちのいい場所に、メンリ僧院はある。
山上に、数々の寺院や学びの場、図書館、ゲストハウス、子供のための学校など、さまざまな施設が集まって建ち、谷を挟んだ対岸には尼僧院がある。どれも派手で立派な建物だ。

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ところで、ボン教とはそもそもどういうものだろう。
ボン教の僧侶は仏教徒と同じようなえんじ色の服を身に着け、チベット仏教寺院と同じような派手な寺院内で勤行をしている。お供え物からマニ車(お経が入った筒を回すとお経を読んだのと同じことになる道具)、何から何までチベット仏教そのものだ。

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しかし、マニ車は仏教徒とは逆に回すし、コルラという、聖地の周辺を回る宗教的な行為も、仏教徒とは逆の反時計回り。見た目の違いはほぼそれだけだ。
なぜ異なるふたつの宗教が、こんなにも似てしまったのか。

英語を話すボン教の僧侶、ヨンドゥン・ナムダック氏に聞いた。
彼曰く、「ボン教はチベットにもとからあった宗教です。仏教が入ってきたとき、それはボン教の大きな影響を受けました。他のアジアの仏教徒の僧服は黄色いでしょう?それは、ブッダ自身の僧服が黄色かったからです。そのなかで、チベット仏教徒だけが赤い服をまとっていますが、これはボン教をまねたからです」。

「ただし、ボン教では赤、黄、青の3つの色を聖なる色とし、僧服にも青を用いることがあります。これはボン教独自のものなので、青い部分のある僧服を着ている人がいれば、その人がボン教徒だと見分けることができます」。

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僧侶はさらに続けた。
「かつてチベットでは、ソンツェン・ガンポ(6~7世紀ごろの王)が、仏教を導入しました。ボン教を信仰していた私たちの王は負け、仏教が優勢となりました。ボン教の僧院が、現在チベットとネパールの国境付近に多いのは、皆仏教に追いやられたためです。ボン教の寺院は、チベットの辺境地域で細々と命脈を保ってきました」

チベットを統一した偉大な王であるはずのソンツェン・ガンポも、ボン教徒の側から見ると、自らの宗教を苦境に追いやった悪者でしかないのかもしれない。
ともあれ、ボン教とチベット仏教の見た目がこうも似ているのは、チベットにおいてボン教の影響がいかに大きかったかを物語っているのだと、私はようやく気が付いた。
それまでは逆に、少数派のボン教が多数派の仏教をまねしたのではないかと思っていたからだ。

こんな風に、かつては対立していた仏教とボン教。それでは今はどうなのだろう。
ダライ・ラマ14世はボン教について、「チベットのオリジナルな宗教であり、さらに研究すべき」と言っているという。国土を侵略されるという非常事態にあって、仏教徒とボン教徒はかつてのような対立をやめ、お互いを認め合っているという印象を受けた。メンリ僧院の図書館には、建物のオープン時にダライ・ラマが訪れて祝福をしたという石碑がはめこまれており、またゲストハウスの客室にはダライ・ラマの言葉を書いた掛け軸がぶら下がっていた。

ところで、こういう話を聞いて思うのが、日本のことだ。
仏教はかつて日本にもやってきて、鎮護国家のための宗教とされた。そして日本にはそれ以前から神道があった。
当時、仏教と神道との間にはどのような勢力争いがあったのだろうか。
確か手塚治虫の漫画『火の鳥』には、そのあたりのことが描かれていたと思う。
仏教徒とボン教の抗争の歴史を聞きながら、日本の宗教史が妙に気になった。

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メンリ僧院は、緑の谷に面した気持ちのいい場所にある。
非常にいい「気」が流れている場所だ、という印象をもった。

関連記事:仏教寺院にそっくり!インドのボン教総本山へ
南インドイベント「インド好きなら南を目指せ!」
先日関わらせていただいた『地球の歩き方 南インド』が、3月7日に発売されました。
それに関するイベントが、来たる4月26日(土)に行われます。
かなり豪華な内容で、私も今から楽しみです!

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地球の歩き方・南インド 発刊記念イベント
インド好きなら南を目指せ!
トークゲスト/蔵前仁一 南インドミールス食べ放題付き!


「地球の歩き方」シリーズに新しいガイドブック「南インド編」が仲間入りしたのを記念して、トーク&フードイベントを開催します。
トークは第1部が「歩き方」取材スタッフによる南インドのハイライトを紹介する「入門編」。第2部は、ゲストスピーカーに蔵前仁一氏を招き、よりディープな南インドに迫る「上級編」。
バナナの葉に盛るインド式ミールスが食べ放題で、1ドリンク付き。調理担当は今話題の南インド料理ユニットのマサラワーラーです。

●トークゲスト 蔵前仁一(旅行作家)
1980年代初頭からアジア、アフリカを中心に世界各地を旅する。特にインドには数多く訪れ、86年に『ゴーゴー・インド』を出版。また出版社「旅行人」を立ち上げ、多くの旅行書を発刊。主な著書に『わけいっても、わけいっても、インド』(旅行人刊)など。

●料理 マサラワーラー
東京のインド関連イベント好きの間では、知らぬものがないというインド料理ユニット。

■日時:2014年4月26日(土)
    OPEN 18:00 ミールスサーブスタート18:30、トークイベント19:30〜21:00
■会場:国分寺カフェスロー
    国分寺駅南口から徒歩5分
    〒185-0022
    東京都国分寺市東元町2-20-10 
    TEL : 042-401-8505 
■入場料:3500円(ミールス食べ放題1ドリンク付き)
     スペシャルチケット5000円(上記入場料に「地球の歩き方/南インド」と南インドグッズが付いたもの。申し込みの際にぜひ「スペシャル」とご明記ください)
■定員:85名 予約制
   ※全員分のお名前と参加人数、代表者の連絡先を銘記の上メールでお申し込みください
   ※定員に達し次第締め切ります。申し込みがない場合、当日ご入場できない場合がございますので、ご了承ください。
■申込先:まちかど倶楽部 machikadoclub@yahoo.co.jp

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【おまけ】

私が訪れてみてよかった南インドの町などについて、以下にご紹介しますね。
参考になればうれしいです。
だいたいおすすめ順ですが、遺跡好きなのでちょっと偏っているかも。

ハンピ(カルナータカ州)
ヴィジャヤナガル朝の首都であった巨大な都市遺跡。岩ゴロゴロの荒野に寺院や宮殿などの石造りの遺跡が点在しています。乾いた大地にひと筋の川が流れ、のどかな空気に包まれた心やすらぐ田舎です。

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バックウォーター(ケーララ州)
ケーララ州の都市コーチンから南の内陸に、海に沿うような形で広がる水郷地帯をバックウォーターといいます。昔ながらの運搬用の船をホテルにした贅沢なハウスボートや、観光客用のボート、ローカル向けの定期船などに乗って、ヤシの木々がふちどるのどかなバックウォーターをクルーズできます。

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アーユルヴェーダ(ケーララ州)
インドの伝統医療。インド全土に病院がありますが、ケーララ州で盛んです。マッサージなどのトリートメントと薬草を用いて病気を治療しますが、病気でない人でもより健康になれる医療です。時間がかかりますが、ときには現代医療では治せない病気が治せることもあります。

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ティルヴァンナマライ(タミルナードゥ州)
シヴァ神の聖地で、アルナーチャラ山のふもとに建つ寺院を中心に町が広がっています。山から見下ろす巨大な寺院は圧巻。またアシュラム(道場)が多く、山の周囲は巡礼道になっており多くの修行者が巡礼するなど、神聖な雰囲気が感じられる場所です。

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ジンジー(タミルナードゥ州)
ティルヴァンナマライからバスで1時間ほどの場所にある遺跡。巨大岩を3つつないで造られた堅固な城塞で、岩がゴロゴロした感じはちょっとだけハンピを思わせます。立体的な構造がいい感じです。

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バーダーミ(カルナータカ州)
かつて初期チャールキヤ朝の都として栄えた町。巨大な岩山にはさまれた人造池があり、周辺に石窟寺院などの見どころが集まっています。かなりの田舎で大きなホテルなどはないですが、その分とてものどかないい所です。近郊に世界遺産のパッタダカル遺跡もあります。

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マハーバリプラム(タミルナードゥ州)
州都チェンナイから近く、海岸寺院やファイブ・ラタなど、世界遺産の遺跡群が見られることで人気の場所。のどかな空気が漂う海辺の町というのもポイント高いです。世界最大のレリーフ「アルジュナの苦行」の背後の丘散策も楽しいです。

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ラーメーシュワラム(タミルナードゥ州)
ここはむかーし個人旅行で行きました。白い塔門をもつ寺院が建つ聖地で、人々は海で沐浴します。スリランカへ点々と続く砂州はアダムス・ブリッジと呼ばれ、それを望む最先端まで行く途中には1964年のサイクロンで破壊された村があり、ちょっとせつない気持ちになります。

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ヴェーランガンニ(タミルナードゥ州)
かつて聖母マリアが目撃された場所を中心に、白亜の教会がいくつも建っているキリスト教の聖地です。ヒンドゥー色の強いタミルナードゥ州に、こんな場所があるとは驚きでした。

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ポンディチェリー(タミルナードゥ州)
かつてフランス領だった場所で、フランス料理を出すレストランやおしゃれなカフェ、かわいいグッズを売るショップが多くて、女性におすすめです。コロニアルな雰囲気の街並みで、昔の建物を利用したヘリテージホテルもあります。また、近郊には世界中の人々が集まって暮らす共同体、オーロヴィルがあります。

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カニャークマリ(タミルナードゥ州)
インド最南端の聖地で、海から昇り海に沈む太陽を眺められるのんびりした雰囲気の場所。近郊にあるケーララスタイルの木造宮殿、パドマナーバプラム宮殿は必見です。

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ビジャープル(カルナータカ州)
カルナータカ州北部の町で、15~17世紀にイスラム王朝のビジャープル王国が首都としました。楕円形の城壁に囲まれた町は現在までそのままで、いたるところで歴史的建造物が見られます。とくに巨大なドームをもつゴールグンバスはすごいです。

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コーチン(ケーララ州)
重要な港として栄えてきた都市コーチンは、ポルトガル、オランダ、イギリスの支配を受け、それぞれが残したコロニアル建築が見られます。チャイニーズ・フィッシング・ネットという昔ながらの漁法も見もの。ケーララの伝統芸能カターカリを鑑賞し、魚やエビのカレーを味わいつつのんびり過ごしたい場所です。

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チェッティナード地方(タミルナードゥ州)
カライクディを中心に多くの村が点在する地域。かつて銀行業で富を手にした人たちが建てた、豪華な邸宅が多く見られます。スパイスの使い方が独特といわれるチェッティナード料理でも有名で、インド料理がそれほど得意でなかった訪問当時の私でも、すごくおいしくて感動しました。

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インドのアライバルビザについて
まだバリ島の記事を書き終わっていなかったけど・・・。
日焼けした腕がようやく少し白くなってきたところなのに・・・。

先ほどインドのデリーに着いてしまった。
深夜3時ごろホテルにチェックインし、また6時半に出発。だから寝てしまわないようこらえている。

インドに来るのは確か8回目。これまで全部ビザを日本で取ったが、今回初めてアライバルビザを取得した。
だからメモ程度に記しておこうと思う。

デリーのインディラー・ガーンディー国際空港でのアライバルビザ取得

場所
エスカレーターで下ったところに入国審査カウンターがあるが、エスカレータを下りきったところで後ろに向かうとカウンターがある。「Visa on Arrival」と書かれている。

必要なもの
●パスポート
●申請用紙1枚
●パスポートサイズの写真1枚
●60USドルの現金

写真は申請用紙にホッチキスでとめてくれる。
申請用紙の書き方は日本語の見本を見せてくれる。
パスポートのコピーやアウトチケットは要求されなかった(出国予定日を記入する欄は申請用紙にある)。

さらに入国カード(アライバルカード)も渡すように言われた。ビザ欄のみ書き込んでいない状態のものを渡す。

アライバルビザを申請できるのは、以下の11カ国の国民のみ。

カンボジア
日本
ルクセンブルク
フィリピン
ベトナム
ミャンマー
フィンランド
ラオス
オランダ
シンガポール
インドネシア

西洋諸国はほとんど不可なのに、なぜか日本が入っている。アライバルビザを取ろうとしていたのは日本人ばかりだった。ほかに外国に暮らすインド系の人もいた。

日本でとれば2000円程度なのに、アライバルはその約3倍の値段がかかる。時間がない人、ビザセンターから住んでいる所が遠い人にはいいだろう。

おそらくカウンターは24時間営業。私は深夜1時半~2時ごろに行ったが普通にやっていた。
ただしここはやはりインド。独特ののんびりした感じの手続きなので、乗り継ぎをする場合は時間に余裕を見ておいたほうがいい。

なお、顔写真ありません、ドルも持っていません(日本円ならあり)、という旅行者もいた。でも係員に申請書を書くよう言われていたので、きっとビザを発行してくれるのだろう。なかなか寛大だ。

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アライバルビザはスタンプ式♪
クンバコーナム・寺院のなかの聖なる小部屋で
2月から3月にかけて訪れた、インドのことをここに書こう。
いつまでも心に抱いていると、忘れてしまいそうだから・・・。

南インドの東海岸に面したタミルナードゥ州は、ヒンドゥー色の濃い州だ。
旅行者が訪れるような町のほとんどに、大きなヒンドゥーの寺院が建っている。その入口にはきまってゴープラムというゴテゴテした装飾の門がそびえ立ち、信者や観光客を内部へといざなっている。

このような寺院を、今回も毎日毎日訪れた。
というのは、10年前にも、私はタミルナードゥを旅したことがあったから。

当時を思い起こすと、タミルナードゥの旅はあまり楽しいものではなかった。
寺院のあちこちにいる聖職者らしい人が、外国人と見るとオイデオイオデと手招きしてくる。うっかり近づくと、額に色粉をつけてくれたり手に水をかけてくれたりし、その後普通のインド人と同じ額のお布施を置こうとしようものなら、「100ルピー」などと不当に高い額を要求してくるのだ。

清らかであるべき宗教の施設でありながら、聖職者がこのありさま。また、寺の本堂はヒンドゥー教徒以外に立ち入り禁止の所がほとんどで、疎外されているような気分になってしまう。しかも、寺の内部はどれも似たり寄ったりで、どこがどうだったのかが全く印象に残らない。

強制的に寺めぐりをさせられているようなこの州の観光に、いいイメージが残らなかったのも当然といえよう。

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写真はすべて10年前のもの。これはティルチラパッリのランガナータスワーミ寺院のゴープラム

あれから10年がたち、再び訪れたタミルナードゥで、私は以前のように寺めぐりを始めた。
暗くひんやりとして、コウモリのふんの匂いが時折鼻先をかすめる寺院内を歩いていると、2つか3つ目の町でどうもおかしいなと思い始めた。

「オイデオイデ」屋さんがほとんどいないのだ。

近年、南インドまでやってくる日本人はかなり少なくなっているから、聖職者たちが非効率だと思ってやめたのだろうか? それとも、「外国人にお金をせびるのは禁止」という決まりを、なぜかどの町でも厳守するようになったとか?

とにかく、タミルナードゥの町なかの寺院は、いつの間にか「あまり警戒しなくても歩ける場所」に変わっていたのだ。

それでもまだビクビクが抜けない状態で考えていると、仏教やキリスト教、イスラム教の宗教施設に入ったときの気持ちと、ヒンドゥー寺院にいるときの自分の気持ちが全く違うことに気が付いた。世界三大宗教の施設では、どこか厳かな改まった気分になるのに、ヒンドゥーの寺には奇抜さしか感じられない。

どぎつい色で塗られた異形の神像、極彩色の天井、窓がなく空気がよどんだ内部、じめじめした廊下の蛍光灯の下で飛び回るコウモリ。清く明るく正しい、いわゆる宗教らしい匂いが全く感じられない場所なのだ。しかしこんな所でも、信者のインド人たちは捧げ物をするために列をなし、敬虔な祈りを捧げていく。その心境がはかりかねた。

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マドゥライのミーナークシ寺院で見たカーリー女神の絵

そんな状態で、ありがたみなどまるで感じないまま寺をこなしていったが、ある寺院で深く印象に残る出来事があった。寺院の多い田舎町、クンバコーナムでのことである。

シヴァ神をまつるクムベーシュワラ寺院内にいたとき、数人が廊下から続いている小部屋に入っていくのを見た。私もほかのインド人にうながされ、その部屋に足を踏み入れた。オレンジの腰布をまとった聖職者がやって来て、隣の小部屋の入口にあった布を引いた。その奥にあったのは、円筒状のご神体である巨大なシヴァリンガだ。いつのまにか周囲には多くのインド人が集まっていた。皆息をひそめ、手を合わせて向こうの小部屋のリンガを見つめていた。

私を気遣って、周囲のインド人が「ちゃんとご神体を見るといいよ」と場所をあけてくれる。そういえば思い出したが、この寺院の本尊は、シヴァ自身が造ったリンガだというありがたい話ではなかったか。なんと、これは寺のご本尊だったのだ。ここでは外国人でも寺院の中心まで入っていいのだ。

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リンガとはこういうもの。これはタンジャーヴールのブリハディーシュワラ寺院にあった小さなリンガ

やがて祈り終えた聖職者が出てきて、信者に祝福を与え始めた。皆、静かにそれを受けてお布施を差し出していたが、彼らの敬虔な気持ちと宗教的な興奮が部屋じゅうに満ちているようだった。私も額の粉をもらい、水を口に入れ、お布施を置く。すべてがほかのインド人信者と同じだった。気付くと、私も彼らと同様に本尊に向かって手を合わせ、神聖なリンガを拝めたことへの感謝でいっぱいになっていた。完全に彼らの一員になったかのような、不思議な、そして感動的な気分だった。

なじみの宗教とはかけ離れたヒンドゥーの寺でも、神聖さを感じることはできるのだ。

クンバコーナムの暗い小部屋でのひとときは、今回の旅の宝となった。
   
世界一長い口ひげをもつ人
インドで一体何に出会うかは、想像もつかない。

ラージャスターン州の州都・ジャイプルに着いた翌日、私は情報を得るためにインド政府観光局のオフィスに向かった。

そこで現われたおじさんが、ちょっと変わっていた。
首の周りに赤くて太いひものようなものを、何重にも巻きつけていたのだ。

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「これは何ですか?」と質問してみる。
するとおじさんは
「フッフッフッ、よくぞ聞いてくれた」
という感じで、おもむろに大きな本を2冊取り出して私に見せてくれた。

そこにはマハラジャのようなコスチュームを身にまとい、長~いひげを誇らしげに手に持ったこのおじさんが載っていた。

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このラム・スィン・チャウハン(Ram Singh Chauhan)さんは、世界一長い口ひげをもつ人として、2010年と2012年(うろ覚えだけど)にギネス記録に認定されたのだという。

その長さは4.29m。撮影のためにイタリアに招待されたので、自前の豪華な服を持って赴いたとのことだった。

それにしても、政府観光局なんてお堅い場所で働きながらも、このおじさんなかなかの役者だ。自分のひげを手に持ち、目をむいてファンキーなインド人を演じている。

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ちなみにギネスブックの同じページには、世界一長いあごひげを持つ人や、世界一耳毛が長い人などもいたが、それらは皆インド人だった。
なぜなんだ、なぜそんなに伸ばしたいんだ、インド人・・・!!

本当にインドでは、何が起きるか分からない。
そのうちまた偶然、今度は世界一耳毛が長い人に、インドのどこかで出会ったりするかもしれないな(笑)
    
ジャイプルの色と光
インド西部・ラージャスターン州の州都ジャイプルを訪れるのは3回目。
「ピンク・シティ」と呼ばれるこの町は、砂漠の州らしい強烈な日差しに照らされていた。

デリーから列車でたった5時間ほどなのに、光の質がまるで違う。明るいだけでなく、どこまでも陽気で華やかだ。目に入ってくる色彩も豊かで、インドには本当にたくさんの「異世界」があるなと思う。

人口300万人以上もの大都市だが、どこかのどかな雰囲気も漂っている。
宿の屋上で食事をしていると、朝晩ビルや家々の合間から「ミャーオ、ミャーオ」という声が聞こえてくる。
ネコの鳴き声ではない。これは町なかに暮らす、野生のクジャクの鳴き声なのだ。

けぶるように暮れていく砂漠の夕日を眺めながら、この後ラージャスターンで何度クジャクの鳴き声を聞いたことか。

7度目のインド。その旅の出発地点となるここジャイプルで、私は多くのラージャスターンらしさに出合うことになった。

   *   *   *

ところでなぜこの場所がピンク・シティと呼ばれるのか。それは多くの家が赤茶色に塗られているため。

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牛さんの白さがまぶしい

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この色は、もとは町を囲う10kmの城壁に使われた赤砂岩の色だったようだが、現在見られる建築は塗ってあるものがほとんどのようだ

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カラフルなジャイプル、その1。デリーでも見たことがある色とりどりのポスト

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光を浴びて輝くマンゴー

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ジョーハリ・バザールと呼ばれる商店街。赤茶色の建物が連なり、衣料品店や宝飾品店、薬屋やレストランなどが軒を連ねている。ローカル色もよく残っているところが嬉しい

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カラフルなジャイプル、その2。ジャイプルは宝石で有名な町。とはいっても産地ではなく、加工と流通が盛んなようだ

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町なかのバングル(腕輪)屋さん。キラキラしたバングルがいっぱい

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みやげもの屋もとってもカラフル

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ジャイプル・アンブレラと呼ばれる日傘。色とりどりで眺めているだけで楽しい

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夜、通りに面したヒンドゥー寺院でプージャ(儀式)をやっているのを見かけた
火がついた道具を神像の前でゆらゆらと動かし、スピーカーから大音響で音楽を流す

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たまたま見かけた寺院の内部が、虹のように塗られているのに惹かれて入ってみると・・・

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チョウチョのような、こんなキッチュな神像が。

激しさと穏やかさ、過酷さと安らぎ、不潔さ醜さの中に見出される、こんな予想外のかわいらしさ。
こういうものに出会うと、インドに「参りました」と言いたくなる。

これからしばらくの間は、ジャイプルとその近郊にある見どころやスポットを紹介したいと思う。お楽しみに~
   
カルニ・マタ寺院にはネズミがうじゃうじゃ
※注意:ネズミ嫌いな人は、下の写真を見ないよう気をつけてください(笑)

じめじめした床に、穀類やビスケットなどのえさが撒き散らされ、その上を茶色い小さな生き物が無数にうごめいていた。

かすかに臭気の漂う中、走り回る生き物のしっぽが時折私の裸足にこつんと当たる。そのたびにギョッとして叫んでしまいそうになる。

目の前に広がる光景は、まさに地獄絵図そのものだった。だけど本当のところは、もしかすると天国なのかもしれない。―――少なくとも彼らにとっては・・・

繰り返しこんなことを思いながら、夢中で寺院内をうろつきまわった。


・・・インドは多様性に富んだ、非常に奥の深い国だ。

何度も訪れているにも関わらず飽きることはなく、既知の場所であっても思いがけないことが起き、いつも私を楽しませ、かつ驚かせてくれる。

今回この「ネズミ寺院」の存在を知ったときも、私は興奮の渦に巻き込まれた。そこには無数のネズミがいて、しかも彼らは聖なる動物としてあがめられ、訪れる人が絶えないというのだ。

大いにエキサイトしつつ、ラージャスターン北部の町・ビカネールの南30kmほどにある、デシュノックのカルニ・マタ寺院を訪れた。

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青空の下、白とピンク色の爽やかな寺院がたたずんでいた。人々が手に手におネズミ様への捧げ物を持って、寺院に吸い込まれていく。私も靴を脱ぎ、内部へと進んで行った。

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入口の装飾もネズミ

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内部も一見普通の寺院。しかし・・

足元を走るネズミを発見。後を追って振り向くと、寺院の一角にこんな場所があった。

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柵で仕切られた場所にたくさんのネズミがいる。ネズミ用ではなく人間を入れないための柵なので、ネズミたちは自由に出入りしている

もしかしたら乾いた毛をもつ小さなかわいいネズミなのではないかと期待(?)していたが、それは裏切られた。彼らは人々が忌み嫌うドブネズミそのものだったのだ。

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地面にミルクで満たされた洗面器が置かれ、皆仲良く並んで味わっている。

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目を細めて飲む様子はなかなかかわいい

インド人はひっきりなしにやって来て、ミルクをつぎ足し、砂糖や黄色い団子、ヤシの実などを捧げていく。こんなに尊敬されているネズミも、世界でほかにないだろう。

なお、ここで白いネズミを見るとラッキーなのだという。何人ものインド人が「あそこに白いやつがいる」と教えてくれた。確かに遠くに、小さく白いのが動き回るのが見えた。

観察していると、活発に走り回っているネズミがいる一方、だらしなく眠りこけているのも多い。その様子はユーモラスで、なかなかかわいい。ネズミたちが安心しきって暮らしているのが伺えた。
ここはネズミの楽園なのだ。このことを知ったら、世界中のドブネズミが彼らをうらやむに違いない。

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まさに酒池肉林。山盛りのえさの中に住んでいる

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ミルクに尻尾をひたして寝ている。なんというグータラな・・・

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どうしてこんなに器用な寝方ができるのか

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これはちょっとかわいくて、私のお気に入り

しかし一方、ドブネズミらしさ丸出しというか、ネズミ嫌いだったら耐えられないかもしれない気持ちの悪い光景も見られる。

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こんな風に群れていると、さすがの私も「うわ~」と思う

なかには障害があるらしくヨボヨボしているもの、すでに死んでるんじゃないかと思うような動かないのもいる。そして不潔さのせいか、目がつぶれているネズミが非常に多い。

それにしても彼らは、どうしてインド人に尊敬されあがめられているのか。
それはこのネズミたちが、14世紀に生き、多くの奇跡を起こしたカルニ・マタという女性の一族の生まれ変わりだと信じられているためだ。

カルニ・マタはドゥルガー女神の化身とされ、死んだ自分の息子すら生き返らせたという。以降、彼女の一族は死なずにネズミに生まれ変わることになったのだという。

み~んな女神の一族の、聖なるおネズミ様なのだ。

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寺院内では人々がネズミの上に手をかざしていた。どういう意味があるのかはわからなかった


普通の見学なら30分で十分だと思われるこの寺院。
私は大興奮して2時間ほどいた結果、最後には臭いで気持ち悪くなってしまった。
だけどこんな奇妙な場所に来られたことが嬉しくてたまらず、充実感でいっぱいだった。

インドはにまだまだ何かがある。
それを私のようにお宝だと思うかどうかは、意見が分かれるところかもしれないけど・・・。

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カルニ・マタ寺院
ビカネール駅の約2km南にあるシヴヴェリーという場所から、デシュノック行きバスが出ている。所要約50分、20ルピー。デシュノックで下車すると寺院は目の前。
     
インドの砂漠で、チュッ
今年7月に訪れた、インドのラージャスターン州にて。
ジャイサルメールというインドの西のはじの町から、ラクダに乗って砂漠に行くキャメルサファリに参加した。

沈み行く夕日が辺りを染めている最中に、別のツアー客の夫婦がチュッ。

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慌ててカメラを構えたけど、ちょっとタイミングがずれてしまった。
でも少しだけロマンチックな写真になった。

後でオーストラリアから来た30代とおぼしき彼らと話したけど、別に新婚というわけではなさそう。仲よさそうでうらやましかった。