旅づくし
菅沼佐和子 文と写真の修業用ブログ
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さわこ

Author:さわこ
SAWAKO
人呼んで「埼玉の女マルコ・ポーロ(笑)」。現在は東京在住です。編集プロダクションで旅行ガイドブックの編集を経験後、バックパッカーとして世界を巡る。これまでに訪れた国は100以上。現在はフリーランスライター&編集者として、再び旅行ガイドブック作成に関わる日々。
旅の素晴らしさ、世界の文化の多様さを、多くの人に伝えたいと願っています。

ホームページ:48.tok2.com/sawakon
メール:sawakon29@hotmail.com
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インド占星術で読み解く2015年
「インド占星術で読み解く2015年」という講座を聴きに行ってきた。

インド占星術(ジョーティシャ)とは、アレクサンドロス大王の遠征により、ギリシャからもたらされた西洋占星術がインドの占星術に取り入れられ、独自の発展を遂げたもの。
惑星が天球のどの星座の位置にあるかで、世の中の動きから人の人生までを読み解くことができる。

インドらしく、インド占星術の究極的な目標はモクシャ(解脱)だという。また、西洋占星術と異なる点は、月(心の内面を表す)の動きを重視すること、輪廻を前提としていること、また、天体と惑星の位置を測る度数が西洋占星術とは23度ずれていることだそう。

さて、そんなインド占星術で占うと、今年はどんな年なのだろう。
一言で言えば、2015年は全体として変化の年だそう。
変化に対しての受け取り方は人それぞれ。笑って受け止められるかどうかが重要だという。この傾向は2017年1月まで続くのだそうだ。

忍耐力を養う教師のごとき土星の影響で、3月の半ばと7月中旬~8月中旬は物事がなかなか進まない

一方、最も重要な吉星、木星が相性のいいかに座にあるため、2014年6月から2015年7月中旬までは、何かを学ぶのにとてもいい時期だという。
とくに今年の4月8日からは追い風が強くなるので、気になることがあったら始めてみると身につくかもしれない。
木星は年に1回星座を移るので、次に同じ状況が訪れるのは12年後だという。

月に関していえば、新月はエネルギーが弱く繊細で、瞑想に向いた日

一方、満月はエネルギーが強く、繊細さがなくなり、感情が高ぶり一人よがりになったりする
なのでムカっときたら、「もしかすると満月のせい?」と思ってひとまず怒りを保留するのがいいのかもしれない。

明日1月5日は満月。
目標を定めるのにいい日で、それもできるだけ高い目標を、あまり具体的でなく設定するのがいいとのこと。新年の抱負について考えるのにうってつけの日といえる。

1月20日(新月)は、自分が欲張りになりすぎていないかを精査する日。ブログやFBなどでものを書くのもいい時期。

・・・こんな感じで、2時間の講義中、この1年について細かくたくさんのことを聴いた。

星の組み合わせとその読み方はかなり複雑なようで、「この日にはあなたにいいことがありますよ」「ラッキーカラーは・・・」などという占星術とは全然違う。

今年、社会と個人にどんな変化が訪れるのか、ちょっと楽しみだ。

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山の小さないで湯、湯の峰温泉
古い歴史と伝説に彩られた、静かで素朴な温泉地。
こぢんまりした温泉街は、便利というにはほど遠いが、なぜか居心地がいい。
もちろん、温泉の湯がいいことは言うまでもない。

湯の峰温泉はそんな場所だった。

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熊野古道を2日かけて本宮町請川まで歩いた後、バスに乗って進むこと約5km。
途中車内から川湯や渡瀬などの温泉地を眺めつつ、湯の峰にたどり着いた。

川辺から湯気があがり、温泉気分を高めてくれる。
高温の湯がわき出す場所(湯筒)で卵や芋をゆでることができる、典型的な日本の温泉地のようだ。

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ただし、街はとても小さく、みやげもの屋もほとんどない。
情緒ある街並みを残そうと頑張っているわけでもないようで、泊まった民宿の趣はとくになかった。
このムリをしていない、それでいながらどこか長い歴史を感じさせる雰囲気、そして温泉&人のよさが、私が湯の峰を気に入った理由だ。

湯の峰温泉の開湯は4世紀ごろ。そのため「日本最古の湯」ともいわれている。
それが本当なら、古墳時代の前期ということになるのだろうか。
日本史のなかでは気の遠くなるような昔だ。
(ちなみに、中国や中近東などの外国へ行くと歴史ははるかに長いので、相対的に紀元後のものは新しく感じられるのだけど)

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湯の峰温泉の魅力は、共同浴場。
なかでも世界遺産にもなっている「つぼ湯」は、訪れたらぜひ入っておきたい温泉。
湯船はとても小さく、一度に浸かれるのはせいぜい3人まで。
そのため30分ごとに交代の貸し切り制となっている。
湯船のなかから源泉がわいているので、少したつとすぐ熱くなり水でうめながら入る。
岩をかためただけのような浴槽が原始的で、気分が盛り上がる。

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このつぼ湯は、かつて小栗判官なる人物が、重い病を治した湯という伝説が残る場所だ。

600年ほど昔のこと。常陸の国の城主だった小栗判官は国を失い、お国再興のために相模の国に潜伏していた。
そこで照手姫と恋仲になるが、姫が仕えていた横山家は怒り、小栗判官を家来もろとも毒殺しようとする。
ひどい毒におかされながらも、小栗判官は照手姫の助けを得て湯の峰温泉にたどり着き、49日間つぼ湯に浸かった末、病を克服したという。

この話にはさまざまなバージョンがあり、小栗判官と照手姫の愛の物語としても語り継がれてきた。

そして、もうひとつよかったのが共同浴場の「薬湯」(写真なし)。
シンプルな木の浴槽内に湯が流れ込み、白い湯の花が漂う。湯は全く薄めていない源泉100%。
最初ちょっと熱いと思ったが、入ってみるとちょうどいい。
翌朝また入りたいと思うほど、気持ちがよかった。

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検索してみると、湯の峰にある旅館のひとつが「日本秘湯を守る会」に所属しているようだ。
もしかすると、私の秘湯コレクションに湯の峰温泉を加えても、許されるのかもしれないな^^

   
三重・和歌山食いだおれの旅!?
旅の大きな楽しみのひとつは、食べること。
今回の三重・和歌山旅行でも、現地の名物を可能な限り食べてきた。
あまりまじめに写真を撮らなかったけれど、いくつかここでご紹介する。

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青春18切符を使い、のんびりと列車に揺られて行った今回の旅。
途中下車は自由なので名古屋で降りて、人生2度目のひつまぶしを食べた。

4年前に訪れたのと同じ、名鉄百貨店の9階にある「まるや」にて。
今回もその混雑ぶりに驚いたが、さすがに2度目だからか感動は初回より薄かった。
最近めっきり高くなってしまったうなぎ。口に入れたのは何年ぶりだろう・・・。


そして、友人の住む三重県の津市へ。
観光地ではないので、友達や親戚でもいないとなかなか行かないような町だ。

ここでは友達が、ちょっとした市内食べ歩きツアーに連れて行ってくれた。

まずは「蜂蜜まん本舗」ではちみつまんじゅうを味わう。小さな大判焼きのようなおやつで、はちみつのやさしい甘さが特徴。
本来は皮がパリパリしているようだが、今回はなぜかしておらず残念。写真も撮り忘れてしまった。

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次に連れて行ってくれたのが、天むすのお店「千寿」
エビのてんぷらを包んでにぎった天むすは、名古屋名物というイメージが強いが、発祥は津にあるこの店なのだという。

地元産のお米を使ったにぎりたてアツアツのおむすびは、塩味がきいて最高!
この旅でいちばんおいしかったかもしれない。


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続いて津で有名だという精肉店「朝日屋」へ。
ここでは高級牛肉の松坂牛を使ったコロッケが味わえる。1個から購入可能。

一見普通のコロッケだが、濃厚な肉の味と脂身の匂いがするのでいい肉を使っていることがわかる。
ただ、先ほどのおにぎりでお腹いっぱいになってしまっていて、十分に味わえずもったいなかった。

ちなみに、ここで売られている松坂牛のロースはかなりの値段だが、脂が多くそれほどたくさん食べるものでもないので、3000円ほども買えば2~3回は楽しめるという。
帰り道なら、ぜひ実家に買って行きたかった。


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伊勢神宮前のおかげ横丁にて。
伊勢の名物としては赤福が有名だが、夏は赤福風のカキ氷「赤福氷」が出ていた。これならお腹いっぱいでも食べられる。
甘いシロップがかかった氷の中に、もちとあんこが隠れている。
ちなみに冬には、赤福のおしるこバージョンが売られるそうだ。こちらも気になる。


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さらに南下して、和歌山県の新宮市へ。
駅前の「徐福寿司」で、名物のサンマ寿司を味わった。奥はこんぶを巻いたこんぶ寿司。どちらもあっさりとして食べやすい。


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そして同じく新宮で食べた和歌山ラーメン
おもに和歌山県北部で出されるご当地ラーメンだそう。
とんこつしょうゆ味で、ちぢれのない麺が特徴的。

新宮市の中華料理店「速水(はやみ)」にて。
ラーメンがあまり得意でない私でもおいしく食べられた。


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三重県と和歌山県の名物であるめはりずし(写真左上)。
漬けこんだ高菜を巻いたおむすびで、ごはんの量と高菜の塩加減がぴったり合っているとおいしい。
これは「小口自然の家」が作ってくれたお弁当。熊野古道歩きのお供に。


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和歌山の湯の峰温泉にある民宿「てるてや」では、豪華な夕食が出た。
鮎の甘露煮、鹿のおさしみ、カモ鍋などどれもおいしい。めはりずしもある。
1泊1人7650円(2食付き)と安いのに、料理のこのクオリティには驚いた。

このほか、和歌山の名物らしいウツボのおつまみ、紀伊勝浦のマグロ、湯の峰温泉の水でとろけさせた温泉豆腐、地酒や地ビールなどが、私たちの胃袋におさまった。

今回は節約旅行だったため、友人と「名物は1日1回ね」などと約束していたのに、全然守られていなかったのではないか。

「名物」と聞くとついつい反応してしまうのは、旅好きに共通する悪いクセなのかもしれない。

    
日本人の旅の原点、熊野古道を歩く
天高くそびえる木々の根元に、苔むした石だたみの道が延びている。

見通しが悪く、湿度の非常に高い低山のただ中で、方角もわからぬまま登り、また下る。

あたりはひっそりと静まり返り、漂う霧が幻想的な雰囲気を醸し出している。

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先日、和歌山県にある熊野古道を歩いてきた。

紀伊半島にいくつものルートが延びるこの道は、熊野三山と呼ばれる神社や寺院を訪れる参詣道として発達したもの。
この熊野詣では11世紀末ごろから盛んになり、江戸時代には庶民の間でも盛んに行われ、明治の終わりごろまで続いたという。

かつての日本人にとって、旅の始まりは巡礼目的の旅だった。
その起源が熊野詣でだといわれているそうだ。

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熊野古道は「紀伊山地の霊場と参詣道」として、2004年に世界遺産に登録された。
道が世界遺産になることは珍しく、世界でもこことスペインの巡礼道(サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路)の2つのみだという。

おもに5つのルートがあるようだが、私と友人は和歌山県の那智大社から本宮大社方面へ向かう「中辺路(なかへじ)」の一部を歩くことにした。
「大雲取越」「小雲取越」と呼ばれる区間だ。

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那智大社の近くから山を分け入る

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すべりそうになりながら緑の石段を登る。
景色の変化はほとんどなく、ビューポイントも少ない。
人ともめったに出会わず、慣れるまではかなり心細かった

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これはホトトギスの花だろうか

小口という場所で泊まり、翌日さらに歩く。
歩みののろい私たちは、初日は8時間半、翌日は7時間弱かけて進んだ。

風が吹かないと、暑くて汗がしたたり落ちる。
つらい。なぜ私はわざわざこんなところを歩いているんだろう。
心にわき起こるそんな疑問を振り払いつつ、ひたすら足を前に運ぶ。

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何かが出そうな雰囲気の古道。
友達が「怪談をしながら歩くと盛り上がるだろうね」という。
でも2人とも怖がりなのでこの案は却下。

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トマトに化けているとしか思えないキノコ

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松畑茶屋跡。このように各地に茶屋や旅籠があったようだが、現在は跡形もない

8月末にこのルートを歩いていて、すれ違ったのは2日間でたったの4グループだった。そのうち2組が外国人。
日本人の間ですらマイナーな場所のようなのに、この西洋人の多さには驚いた。

ひと気が少なく、あまりにも静かなため、かつてのにぎやかな様子がいっそう鮮やかによみがえるような気がする。
世間話をする巡礼者の笑い声、客引きの活気ある呼び声、料理を作る音や匂い・・・。

そういうものを実際に体験できたら、と願わずにはいられない。
時代を越えて旅をしたい、というのは、旅人の究極の夢のひとつだろう。

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ゴールの本宮町請川近くからの熊野川の眺め
   
預言カフェに行ってきた
きのう、東京は高田馬場にある預言カフェに行ってきた。訪れるのは2度目。
ここは普通のカフェとは少し違う。利用者にはスタッフが預言をしてくれるという、占い好きの間以外でも有名なカフェだ。

昔ここに来たときは、言われたことがあいまいでよくわからなかった。だけど今回、なぜまたここを訪れる気になったのだろう。

それは去年の秋ごろから、人生このままでいいのだろうか、という気分にとりつかれがちだったためだ。
睡眠時間が急に長くなり、仕事への情熱がうすれてきた。
もうけっこうな年月同じ仕事をし、信頼も得てきたけれど、先は見えない。
マンネリ化してきたのかもしれない。改善されない仕事の環境に、疲れてきたのかもしれない。
もしかすると、何か別のものがほしくなったのかもしれない。そういう節目の年齢なのかもしれない。

仕事が自分の最大の喜びや願いではなくなっている。こんなことは初めてだ。
このままではいけない。フリーランスはもっとガツガツしていなければ。
ただでさえ消極的な私だというのに、このままでは絶対そのうち食べていけなくなる。
そんな自分自身が発する警告を聞きながらも、しかしどうにもできないでいた。

「この状況に対処するすべについて、何かしらのヒントが見つかるかもしれない」
ここまではっきりとは意識していなかったけど、何かを求める気持ちに背中を押されて、私はカフェの扉をくぐった。

平日の14:00ちょっとすぎ。カフェでは大勢の人々が座って待っていたが、幸い30分ちょっとで席に着くことができた。
来ているのはほとんどが女性客だが、男性客の姿もちらほら見える。

カフェの空間は妙に明るく、つるつるした広い床の真ん中に、テーブルといすがちまちまと置かれている。
宗教系のカフェだからか、預言をするからか、どこか普通のカフェとは違うちょっと妙な雰囲気が漂っている。訪れた人々もどこか緊張している。

900円のエチオピアモカを注文し、すすりながら待つこと少々。つえをついたおじさんが、私の向かいの席に座った。この人が預言をするのだ。訓練するとできるようになるのだという。
「録音は何にしましょうか」と聞かれたので、カセットテープ(100円)にしてもらう。おじさんは、早口で一気にしゃべり始めた。

主が言われます。わが愛する娘よ、私はあなたを愛しています。

私はあなたが、これまで誠実に一生懸命いろんなことに向かってきた、その姿を知っています。私はあなたに、これから新しい場所を準備し、そしてあなたが、今までいたところからその新しいところに飛び出していく、そういったことができるようにあなたを支え、力と勇気を与えていく、と主が言われています。

自分が今やっていること、それだけしかやっちゃいけないんじゃないか、とか、これを大切にしなければいけない、と思いすぎて、今の場所から動けない状況から、私は勇気と情熱をもって新しい場所へ向かっていく、その力を与えていくと主が言われています。(以下省略)


・・・前回のあいまいな言葉とは、全く違う預言。
はっきりと、私にこれまでなじみのなかった新しい世界が開けていることを預言している。

近い未来に、私に何が起きるのだろうか。
まったく違う仕事をするようになるのか、またはどこか別の所で暮らすことになったりするのか・・。

変化が起きるかどうか、そしてそれが何かはわからない。わからないから、今をおろそかにすることはできない。
しかしこれが、私が心のどこかで望んでいた答えだったのかもしれない。

太陽が照り付ける屋外へ出た私の気持ちは、非常にすっきりしていた。
   
サルにメガネをとられた
旅をしていると、ときにマンガのように滑稽なことが起きたりする。
この夏の旅行では、インド北部のシムラーでの出来事が、まさにそんな感じだった。

シムラーは、標高約2200mにある山間の都市。
かつてはイギリス領インドの夏の首都だった場所で、山の中腹の斜面に多くの建物が並び、それをつなぐ道がうねるように山中を走っている。現在もヒマーチャル・プラデーシュ州の州都だ。

そんなシムラーの街を訪れると、山の上から町を見下ろしている巨大なハヌマーン(猿神)像に気づくことだろう。
世界最大のハヌマーンといわれるこの赤い像は、ジャクーという有名な寺院内に建てられたものだ。

ある日、このジャクー寺院を訪れてみた。
サルの神様を祀っているからかどうかはわからないが、辺りにはサルがうようよしている。
見学後、「有名だという割にはそんなに大した寺じゃないなあ」と思いつつ歩いていたら、近くの階段から私の顔に向かってとびかかってきたサルがいた。
とっさに腕で身を守ったが、引っかかれたりはしなかったようでどこも痛くない。

しかし、何かおかしい。妙に視界がぼやけている。
なんと、私のメガネがいつの間にかなくなっている。
サルは私のメガネを狙ってきたのだった。ほとんど気づかないうちに、するりと上手にとられていた。

幸い近くにいた掃除のおじさんが、私を助けるために来てくれた。
おじさんに促されて持っていたあめ玉2個をサルに渡すと、すぐに袋をやぶってかじりついたけれど、片手で持てるものを渡してもメガネは手放してくれない。
そこでおじさんは30ルピーを私に要求し、それでお菓子を買いに立ち去った。

今回私はスペアのメガネを持ってきていない。このままメガネがなくなったら歩くのもおぼつかない。
メガネを持っているらしきサルをやっとのことで見分けつつも、このまま逃げてしまったらどうしよう、とヒヤヒヤする。

戻ってきたおじさんが、サルをお菓子で釣ろうと奮闘すること数分・・・。
でもそれは、10分ぐらいのように長く長く感じられた。
ついに、お菓子に夢中になったサルがメガネを手放した。

おじさんいわく、時にはサルが人間の真似をして、メガネをかけることがあるという。そっちも見てみたかったけど、メガネをとられておろおろしている私も、かなりの見ものだったのかもしれないな、と思う。

サルにメガネをとられたの、人生で2回目だ(1回目はラオスで飼いザルにとられた)。
私のメガネをとった際の熟練の技を思い返すにつけ、「何たるうまさ」と感心を禁じ得ない。

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ジャクー寺院には本当にサルが多い。しかもかなり凶暴だ
   
ボン教の総本山・メンリ僧院
かなり久しぶりのブログ更新。

仕事で訪れた場所についてはなかなかここに書きにくいのだけど、そうやって言い訳をしているうちに、個人で行った場所についても全然書かなくなってしまった。
時間がなかなかとれなかったということもある。仕事と趣味が同じなので、どうしても仕事が優先になってしまってもいた。
だけど、自分の胸ひとつにとどめておかず、書きたいこと、お見せしたい写真は山ほどある。
そこで「できるだけ更新しよう!」と、何度目かの決心をしたわけだ。

今回はインド北部にあるボン教の総本山、メンリ僧院について。

ボン教というのは、チベットに古くから伝わる宗教だ。
このメンリ僧院もかつてはチベットのシガツェの近くにあったが、文化大革命によって破壊され、その後インド北部のドランジに建てられた。
本来の場所には今も建物が残り、再建が進んでいるが、僧院の長(リンポチェ)がインドに亡命したため、今もこのメンリ僧院が総本山となっている(ということらしい)。

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ソーランという、マッシュルーム栽培で有名な町から約15km。
緑濃い山々が見渡せる気持ちのいい場所に、メンリ僧院はある。
山上に、数々の寺院や学びの場、図書館、ゲストハウス、子供のための学校など、さまざまな施設が集まって建ち、谷を挟んだ対岸には尼僧院がある。どれも派手で立派な建物だ。

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ところで、ボン教とはそもそもどういうものだろう。
ボン教の僧侶は仏教徒と同じようなえんじ色の服を身に着け、チベット仏教寺院と同じような派手な寺院内で勤行をしている。お供え物からマニ車(お経が入った筒を回すとお経を読んだのと同じことになる道具)、何から何までチベット仏教そのものだ。

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しかし、マニ車は仏教徒とは逆に回すし、コルラという、聖地の周辺を回る宗教的な行為も、仏教徒とは逆の反時計回り。見た目の違いはほぼそれだけだ。
なぜ異なるふたつの宗教が、こんなにも似てしまったのか。

英語を話すボン教の僧侶、ヨンドゥン・ナムダック氏に聞いた。
彼曰く、「ボン教はチベットにもとからあった宗教です。仏教が入ってきたとき、それはボン教の大きな影響を受けました。他のアジアの仏教徒の僧服は黄色いでしょう?それは、ブッダ自身の僧服が黄色かったからです。そのなかで、チベット仏教徒だけが赤い服をまとっていますが、これはボン教をまねたからです」。

「ただし、ボン教では赤、黄、青の3つの色を聖なる色とし、僧服にも青を用いることがあります。これはボン教独自のものなので、青い部分のある僧服を着ている人がいれば、その人がボン教徒だと見分けることができます」。

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僧侶はさらに続けた。
「かつてチベットでは、ソンツェン・ガンポ(6~7世紀ごろの王)が、仏教を導入しました。ボン教を信仰していた私たちの王は負け、仏教が優勢となりました。ボン教の僧院が、現在チベットとネパールの国境付近に多いのは、皆仏教に追いやられたためです。ボン教の寺院は、チベットの辺境地域で細々と命脈を保ってきました」

チベットを統一した偉大な王であるはずのソンツェン・ガンポも、ボン教徒の側から見ると、自らの宗教を苦境に追いやった悪者でしかないのかもしれない。
ともあれ、ボン教とチベット仏教の見た目がこうも似ているのは、チベットにおいてボン教の影響がいかに大きかったかを物語っているのだと、私はようやく気が付いた。
それまでは逆に、少数派のボン教が多数派の仏教をまねしたのではないかと思っていたからだ。

こんな風に、かつては対立していた仏教とボン教。それでは今はどうなのだろう。
ダライ・ラマ14世はボン教について、「チベットのオリジナルな宗教であり、さらに研究すべき」と言っているという。国土を侵略されるという非常事態にあって、仏教徒とボン教徒はかつてのような対立をやめ、お互いを認め合っているという印象を受けた。メンリ僧院の図書館には、建物のオープン時にダライ・ラマが訪れて祝福をしたという石碑がはめこまれており、またゲストハウスの客室にはダライ・ラマの言葉を書いた掛け軸がぶら下がっていた。

ところで、こういう話を聞いて思うのが、日本のことだ。
仏教はかつて日本にもやってきて、鎮護国家のための宗教とされた。そして日本にはそれ以前から神道があった。
当時、仏教と神道との間にはどのような勢力争いがあったのだろうか。
確か手塚治虫の漫画『火の鳥』には、そのあたりのことが描かれていたと思う。
仏教徒とボン教の抗争の歴史を聞きながら、日本の宗教史が妙に気になった。

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メンリ僧院は、緑の谷に面した気持ちのいい場所にある。
非常にいい「気」が流れている場所だ、という印象をもった。

関連記事:仏教寺院にそっくり!インドのボン教総本山へ
南インドイベント「インド好きなら南を目指せ!」
先日関わらせていただいた『地球の歩き方 南インド』が、3月7日に発売されました。
それに関するイベントが、来たる4月26日(土)に行われます。
かなり豪華な内容で、私も今から楽しみです!

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地球の歩き方・南インド 発刊記念イベント
インド好きなら南を目指せ!
トークゲスト/蔵前仁一 南インドミールス食べ放題付き!


「地球の歩き方」シリーズに新しいガイドブック「南インド編」が仲間入りしたのを記念して、トーク&フードイベントを開催します。
トークは第1部が「歩き方」取材スタッフによる南インドのハイライトを紹介する「入門編」。第2部は、ゲストスピーカーに蔵前仁一氏を招き、よりディープな南インドに迫る「上級編」。
バナナの葉に盛るインド式ミールスが食べ放題で、1ドリンク付き。調理担当は今話題の南インド料理ユニットのマサラワーラーです。

●トークゲスト 蔵前仁一(旅行作家)
1980年代初頭からアジア、アフリカを中心に世界各地を旅する。特にインドには数多く訪れ、86年に『ゴーゴー・インド』を出版。また出版社「旅行人」を立ち上げ、多くの旅行書を発刊。主な著書に『わけいっても、わけいっても、インド』(旅行人刊)など。

●料理 マサラワーラー
東京のインド関連イベント好きの間では、知らぬものがないというインド料理ユニット。

■日時:2014年4月26日(土)
    OPEN 18:00 ミールスサーブスタート18:30、トークイベント19:30〜21:00
■会場:国分寺カフェスロー
    国分寺駅南口から徒歩5分
    〒185-0022
    東京都国分寺市東元町2-20-10 
    TEL : 042-401-8505 
■入場料:3500円(ミールス食べ放題1ドリンク付き)
     スペシャルチケット5000円(上記入場料に「地球の歩き方/南インド」と南インドグッズが付いたもの。申し込みの際にぜひ「スペシャル」とご明記ください)
■定員:85名 予約制
   ※全員分のお名前と参加人数、代表者の連絡先を銘記の上メールでお申し込みください
   ※定員に達し次第締め切ります。申し込みがない場合、当日ご入場できない場合がございますので、ご了承ください。
■申込先:まちかど倶楽部 machikadoclub@yahoo.co.jp

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【おまけ】

私が訪れてみてよかった南インドの町などについて、以下にご紹介しますね。
参考になればうれしいです。
だいたいおすすめ順ですが、遺跡好きなのでちょっと偏っているかも。

ハンピ(カルナータカ州)
ヴィジャヤナガル朝の首都であった巨大な都市遺跡。岩ゴロゴロの荒野に寺院や宮殿などの石造りの遺跡が点在しています。乾いた大地にひと筋の川が流れ、のどかな空気に包まれた心やすらぐ田舎です。

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バックウォーター(ケーララ州)
ケーララ州の州都コーチンから南の内陸に、海に沿うような形で広がる水郷地帯をバックウォーターといいます。昔ながらの運搬用の船をホテルにした贅沢なハウスボートや、観光客用のボート、ローカル向けの定期船などに乗って、ヤシの木々がふちどるのどかなバックウォーターをクルーズできます。

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アーユルヴェーダ(ケーララ州)
インドの伝統医療。インド全土に病院がありますが、ケーララ州で盛んです。マッサージなどのトリートメントと薬草を用いて病気を治療しますが、病気でない人でもより健康になれる医療です。時間がかかりますが、ときには現代医療では治せない病気が治せることもあります。

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ティルヴァンナマライ(タミルナードゥ州)
シヴァ神の聖地で、アルナーチャラ山のふもとに建つ寺院を中心に町が広がっています。山から見下ろす巨大な寺院は圧巻。またアシュラム(道場)が多く、山の周囲は巡礼道になっており多くの修行者が巡礼するなど、神聖な雰囲気が感じられる場所です。

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ジンジー(タミルナードゥ州)
ティルヴァンナマライからバスで1時間ほどの場所にある遺跡。巨大岩を3つつないで造られた堅固な城塞で、岩がゴロゴロした感じはちょっとだけハンピを思わせます。立体的な構造がいい感じです。

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バーダーミ(カルナータカ州)
かつて初期チャールキヤ朝の都として栄えた町。巨大な岩山にはさまれた人造池があり、周辺に石窟寺院などの見どころが集まっています。かなりの田舎で大きなホテルなどはないですが、その分とてものどかないい所です。近郊に世界遺産のパッタダカル遺跡もあります。

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マハーバリプラム(タミルナードゥ州)
州都チェンナイから近く、海岸寺院やファイブ・ラタなど、世界遺産の遺跡群が見られることで人気の場所。のどかな空気が漂う海辺の町というのもポイント高いです。世界最大のレリーフ「アルジュナの苦行」の背後の丘散策も楽しいです。

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ラーメーシュワラム(タミルナードゥ州)
ここはむかーし個人旅行で行きました。白い塔門をもつ寺院が建つ聖地で、人々は海で沐浴します。スリランカへ点々と続く砂州はアダムス・ブリッジと呼ばれ、それを望む最先端まで行く途中には1964年のサイクロンで破壊された村があり、ちょっとせつない気持ちになります。

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ヴェーランガンニ(タミルナードゥ州)
かつて聖母マリアが目撃された場所を中心に、白亜の教会がいくつも建っているキリスト教の聖地です。ヒンドゥー色の強いタミルナードゥ州に、こんな場所があるとは驚きでした。

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ポンディチェリー(タミルナードゥ州)
かつてフランス領だった場所で、フランス料理を出すレストランやおしゃれなカフェ、かわいいグッズを売るショップが多くて、女性におすすめです。コロニアルな雰囲気の街並みで、昔の建物を利用したヘリテージホテルもあります。また、近郊には世界中の人々が集まって暮らす共同体、オーロヴィルがあります。

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カニャークマリ(タミルナードゥ州)
インド最南端の聖地で、海から昇り海に沈む太陽を眺められるのんびりした雰囲気の場所。近郊にあるケーララスタイルの木造宮殿、パドマナーバプラム宮殿は必見です。

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ビジャープル(カルナータカ州)
カルナータカ州北部の町で、15~17世紀にイスラム王朝のビジャープル王国が首都としました。楕円形の城壁に囲まれた町は現在までそのままで、いたるところで歴史的建造物が見られます。とくに巨大なドームをもつゴールグンバスはすごいです。

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コーチン(ケーララ州)
重要な港として栄えてきた都市コーチンは、ポルトガル、オランダ、イギリスの支配を受け、それぞれが残したコロニアル建築が見られます。チャイニーズ・フィッシング・ネットという昔ながらの漁法も見もの。ケーララの伝統芸能カターカリを鑑賞し、魚やエビのカレーを味わいつつのんびり過ごしたい場所です。

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チェッティナード地方(タミルナードゥ州)
カライクディを中心に多くの村が点在する地域。かつて銀行業で富を手にした人たちが建てた、豪華な邸宅が多く見られます。スパイスの使い方が独特といわれるチェッティナード料理でも有名で、インド料理がそれほど得意でなかった訪問当時の私でも、すごくおいしくて感動しました。

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インドのアライバルビザについて
まだバリ島の記事を書き終わっていなかったけど・・・。
日焼けした腕がようやく少し白くなってきたところなのに・・・。

先ほどインドのデリーに着いてしまった。
深夜3時ごろホテルにチェックインし、また6時半に出発。だから寝てしまわないようこらえている。

インドに来るのは確か8回目。これまで全部ビザを日本で取ったが、今回初めてアライバルビザを取得した。
だからメモ程度に記しておこうと思う。

デリーのインディラー・ガーンディー国際空港でのアライバルビザ取得

場所
エスカレーターで下ったところに入国審査カウンターがあるが、エスカレータを下りきったところで後ろに向かうとカウンターがある。「Visa on Arrival」と書かれている。

必要なもの
●パスポート
●申請用紙1枚
●パスポートサイズの写真1枚
●60USドルの現金

写真は申請用紙にホッチキスでとめてくれる。
申請用紙の書き方は日本語の見本を見せてくれる。
パスポートのコピーやアウトチケットは要求されなかった(出国予定日を記入する欄は申請用紙にある)。

さらに入国カード(アライバルカード)も渡すように言われた。ビザ欄のみ書き込んでいない状態のものを渡す。

アライバルビザを申請できるのは、以下の11カ国の国民のみ。

カンボジア
日本
ルクセンブルク
フィリピン
ベトナム
ミャンマー
フィンランド
ラオス
オランダ
シンガポール
インドネシア

西洋諸国はほとんど不可なのに、なぜか日本が入っている。アライバルビザを取ろうとしていたのは日本人ばかりだった。ほかに外国に暮らすインド系の人もいた。

日本でとれば2000円程度なのに、アライバルはその約3倍の値段がかかる。時間がない人、ビザセンターから住んでいる所が遠い人にはいいだろう。

おそらくカウンターは24時間営業。私は深夜1時半~2時ごろに行ったが普通にやっていた。
ただしここはやはりインド。独特ののんびりした感じの手続きなので、乗り継ぎをする場合は時間に余裕を見ておいたほうがいい。

なお、顔写真ありません、ドルも持っていません(日本円ならあり)、という旅行者もいた。でも係員に申請書を書くよう言われていたので、きっとビザを発行してくれるのだろう。なかなか寛大だ。

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アライバルビザはスタンプ式♪
父と2人でバリ島旅行(3)昆虫を思わせるレゴン・ダンス
バリ島到着日の夜、宮廷舞踊のレゴン・ダンスを見に行った。

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背後に重厚な石の割れ門を控え、花を散らしたステージの周囲には、すでにたくさんの見物人が集まっていた。ステージをぐるりと回って奥へ奥へと進んだら、正面ではないが、かなりいいポイントから鑑賞できてラッキーだった。

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やがてガムラン音楽の演奏がスタート。メルヘンチックでやわらかでありながら、まるで異空間から響いてくるかのような、不思議な音階をもつあの音楽だ。
昔何かのロールプレイング・ゲームで、ボスが登場する際にこんなガムラン風音楽が使われていたのを思い出す。

そしてようやく、踊り手たちがステージに現われた。

さすがは宮廷舞踊、踊り手の衣装は金色を基調としたきらびやかなものが多い。
レゴン・ダンスを見るのは2度目だったけれど、その美しさと迫力に、前回以上に目が釘付けになってしまった。

踊り手たちは指先を反り返らせてふるわせたり、首をカクカクと動かしたり、足をどすんと踏み鳴らしたり。目の動きも重要な要素のようだ。
こういう特徴は、東南アジアや南アジアの多くの踊りに見られるけれど、それが高度に完成されているのがバリ舞踊なのだろう。

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とても奇妙な動きだった。この踊りで、なぜわざわざ人間らしくない動きを追求したのか、気になってしょうがなかった。
踊りだからいいものの、普通の人の指がこんなに震えて肩をいからせて歩いていたら、皆怖がって近寄らないだろう。

「何かに似ている、何か・・・」
ずうっとこう考えていたが、最後のほうになってひらめいた。

もしかして、昆虫に似ているのではないか。

昆虫が羽を震わせたり、首をかしげたりする様子を、どことなく髣髴とさせると感じているのは私だけだろうか・・・。

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1時間30分のショーは、あっという間だった。

宿のベッドに横たわって目をつぶると、闇に浮かび上がる金色の踊り手の姿がまぶたによみがえった。


【ウブド王宮のレゴン・ダンス・プログラム】

1. Tabuh Ombak In Segara/Tabuh Jaya Smara(音楽のみ)
こちらで聴くことができる。
Segaraは海中の波を表す。ときに穏やかで、ときに荒々しくなる様子からインスピレーションを得て作られた曲。

2. Tedung Agung Dance (Welcome Dance)
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Tedungは「傘」、Agungは「偉大」の意味。傘はバリの文化を守り祝福する意味があるとのこと。男女が同時に踊るダンス。

3. Baris in Group
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行進する戦士が2人で舞う。戦いが始まる前の準備を表す。

4. The Legong Supraba Duta of Maharabata Epic
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伝統的なレゴン・ダンスで、5人の女性が踊る。物語は叙事詩のマハーバーラタから取られたもの。

5. Tabuh Angklung(音楽のみ)
こちらで聴くことができる。

6. Taruna Jaya Dance
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バリ人の若者によるエネルギーあふれる踊りを表している。このときの踊り手は女性。とても上手だった。

7. Topeng Arsa Wijaya Dance
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Topengはバリ語で「マスク」の意味。Topeng Alusは寛容で穏やかな性格を、Topeng Kerasはきつく容赦ない性格を表す。

8. Cendrawasih Dance
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「楽園の鳥」といわれる、イリアンジャヤの美しい鳥を表す踊り。
   




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